近年、AIを始めとする新しい技術が次々と開発されています。それらの技術は社会に変化をもたらし、私たちが生きるために必要なスキルさえ変わりつつあります。このような変化の影響を強く受けるのは、やはり子どもたちです。テクノロジーを活用し、活き活きとその才能を発揮する子たちも増えてくるでしょう。同時に、必要なスキルを学べないことで、より社会において困難を抱える子どもたちも現れてくるかもしれません。
一般社団法人Kids Code Club(以下、Kids Code Club)は、「すべての子どもたちが笑顔で希望をもっていきていける社会をつくる」ことをミッションとし、テクノロジーを楽しく自由に学ぶための環境をすべての子どもたちに届ける活動を行っています。「バーチャル空間」という新たな領域で、どのように子どもたちと居場所をつくりあげ、支援を届けてきたのか、今後の展望とともにお話を伺いました。
石川麻衣子
一般社団法人Kids Code Club(キッズコードクラブ)代表理事。経済的事情で大学中退後、IT技術を独学して自立できた原経験から、子どもの貧困・教育格差の改善を目指すために2016年にKids Code Clubをスタート。利用者90万人のプログラミング教材「キッズコードレシピ」、「放課後プログラミングクラブ」など子供たちが無料プログラミングを学べる環境を提供し続けている。
すべての子どもたちにテクノロジーを学べる環境を
—Kids Code Clubの活動を始めたきっかけを教えてください。
Kids Code Clubは、「すべての子どもたちが、楽しく自由にプログラミングを学べる環境を届けたい」という思いから設立しました。私は経済的困難のある家庭に育ち、大学も中退せざるを得ないなど長く貧困状態から抜け出せずに苦しい思いをしました。唯一好きだったのがIT系のことで、友人に古いパソコンをもらったことをきっかけに自分でプログラミング(注1)やウェブサイトの作り方を勉強して、最終的にウェブデザイナーの仕事を得て自立することができました。
そんな中、貧困に苦しむ親が子どもを殺してしまうという痛ましい事件を耳にしました。その時、「なぜこのようなことになったのか。貧困が子どもの死を引き起こしてしまったのか」と、やるせない気持ちがものすごくこみ上げてきたんです。他人事には思えず、「困難の中にある人が貧困から抜け出すきっかけを届けたい」と行動を起こすことにしました。当時の私にできることが「プログラミングを教えること」だったので、本業の傍ら、2016年に知人と無料で子どもたちにプログラミングを教えるイベントを始めました。これがKids Code Clubの始まりです。
注1:コンピューター上で意図した事項を実現するために、手順を作成して実行させること。コンピューターに指示を出すために使われる言語を「プログラミング言語」という。(参考:NNR R&Dウェブサイト)
—子ども支援のあり方として「プログラミング」を選択した背景には、ご自身の原体験があったのですね。
当時、ちょうどプログラミング教育が小学校で必修化になることが話題となり、プログラミングを学べる場所は少しずつ増えていました。テクノロジーの進化による社会の変化をきっかけとして、これまで正解とされてきたことが必ずしも正解ではなくなり、社会で生きていくうえで必要なスキルを学ぶ新しい教育が生まれてきています。家庭の経済状況を理由にテクノロジーを自由に学べないということは、社会の変化に追い付けない子どもたちが出てきてしまうことにつながっていきます。
今でこそオンラインを活用して低価格でテクノロジーを学べるサービスも普及しつつありますが、当時は月数万円かかる対面のスクールがほとんどで、経済的に余裕が無ければ利用することができないものばかりでした。私は、プログラミングという新しい教育分野においても、教育格差が生まれつつあるのではないかと危機感を感じていました。このことも、プログラミングを無料で学べる場所を作ろうと思ったきっかけでした。
放課後プログラミングクラブについて
—現在のKids Code Clubの取り組みについて教えてください。
元々プログラミングを学ぶことができる無料の小規模イベントとして始まった活動でしたが、転機となったのが、コロナ禍によって対面のイベントが開催できなくなり、活動全てをオンラインに移行したことです。仲間も増えて、オンラインになってから昨年までで16,000人程の子どもたちが参加してくれています。
当初はZoomを用いて実施していましたが、Zoomでは同時発生的な相互コミュニケーションが難しく、1対1のやり取りや「教える側」「教えられる側」としてのコミュニケーションに終始してしまいがちです。対面イベントの時から大人が一方的に教えるのではなく参加者が一緒に学びあう形を大切にしていたため、途中からバーチャルオフィスのサービスを用いてバーチャル空間(注2)で実施する形に移行していきました。
注2:インターネット上に構築された3次元の仮想空間のこと。その中で、自分自身の分身であるアバターを介して自由に動き回り、他者と交流することができる。仮想空間、バーチャル空間、メタバースなどと呼ばれる。(参考:株式会社野村総合研究所 用語解説|産業・社会)
それが、現在のKids Code Clubのメイン事業でもある「放課後プログラミングクラブ」(以下、放プロ)です。週3回、バーチャル空間に集まってプログラミングやMinecraft(マインクラフト)などのデジタル作品作りを学ぶことができる、無料のオンラインクラブです。自分のパソコンやインターネット回線を用意できないという家庭には無料貸し出しも行っています。
画像:バーチャル空間での放プロ内の様子(出典:Kids Code Club)
—クラブではどのようなことを行っているのですか。
毎回一つのテーマが設けられ、それに沿って作品作りに取り組むことができます。初心者の子どもでも自分で作品作りに取り組めるように教材も用意しています。分からない時にはチャットや音声などで質問することができ、他の子どもやスタッフが答えます。画面共有を用いた発表の機会を設けるなど、交流の機会も多くあります。また、バーチャル空間はやりたいことや過ごし方に合わせてエリアが分かれており、好きなエリアで個人のペースに合わせて過ごすことができます。
例えば、テーマに沿って活動するエリア、放プロ初心者向けのエリア、そしてのんびりできるエリアなどです。つまり、「テーマは一応決まっているけれど、自分の好きなことをしていいよ」としているので、ゲーム作りをしている子や動画を見ている子、自習している子など、それぞれが自由に活動しています。カメラのオンオフも完全に自由で、特にのんびりできるエリアについては、人と話すのが苦手であったり、話しかけて欲しくなかったり、そもそも音に敏感で辛いと感じたりする子が静かに作業できます。このように、子どもたちがそれぞれの目的を持って集まることができるような居場所になっています。
画像:放プロ内にあるエリアの種類(出典:Kids Code Club)
子どもたちが学びあい、自由に成長できるオンラインの居場所
—放プロはプログラミングを学ぶ場所でありつつ、子どもたちが一人ひとり自分のペースに合わせて過ごせる場所でもあるのですね。
はい。私たちは放プロが様々な事情を抱えた子どもたちにとって「居場所」となれるように、という想いを持っています。放プロの特徴として「様々なエリアがあり、交流から自習まで一人ひとりが望む形で参加できる」ことが挙げられますが、最初からそれぞれが自由に過ごすことができるようになっていたわけではありませんでした。しかしオンラインで実施し始めたことをきっかけに、実に多様な子どもたちが集まってきました。最初のターゲットであった貧困層は勿論、不登校や発達障がい、外国ルーツや病気など様々な困難を抱える子どもたちが自然と全国から集まるようになったのです。そのため、「きてくれた子どもたち全員に、とにかく快適な気持ちで過ごしてほしい」という思いで試行錯誤を重ね、今のような形が出来上がりました。
私自身もそうでしたが、自分が作りたいものを作れた時はやはりとっても楽しいです。そして自分の手で何かを作ったという経験はその人の自信につながると思います。今の子どもたちにとってデジタルの領域は身近なものとなり、お絵かきや工作もデジタルで可能なので、子どもたちの興味関心もデジタルの方にかなり広がってきているでしょう。「楽しかったからまた来たい」「今度これを作りたい」と子どもたちが思えて、今この瞬間を生きる希望や明日も生きていたいと思える楽しみを届けることを大切にしています。
実際、かなり複合的な課題を抱えている子がデジタル領域で才能を開花させる姿を見てきました。どんな困難やコンプレックスを持っていても、「好きだから熱中できて、成長できる」という姿を見せてくれる一人ひとりの子どもたちに応える形で今の放プロが出来上がっていきました。
そして、子どもたちが互いに学びあう環境を整えることも大切にしています。放プロで大人から「こうしなさい」という指示が出ることはありません。子どもたちは自由にエリア内外を移動でき、画面共有やチャットなどの機能を用いて、分からないことがあれば教えあっています。誰かが教えるという形では「誰かから教わらないと学べない」ということになってしまいがちなので、自立した学びを育むため、まずは子どもたちの主体的な学びを促しています。とはいえ、プログラミングは1人でやろうとすると挫折率も高いので、「みんなで取り組む」「困ったときに周りの人が助けてくれる」という環境を整えることも大切にしています。
直接のやり取りでなくても、他の子どもが共有した画面や発表内容から子どもたちは多くのことを学んでいます。子どもにいつも放プロに来てくれる理由を尋ねた時、「他の人のアイディアを知ることがすごく楽しい」と話してくれました。私たちの想像以上に、子どもたちはクリエイターですよね。また、放プロに来てくれる子どもたちの中には、自分が作りたいものを作りたいという子は勿論、人の役に立つものが作りたいという子もいます。様々な動機がありますが、やはり「誰かに見てもらえる」ということがモチベーションを数段アップさせているのではないかなと思います。
画像:子どもたちが作成した作品(出典:Kids Code Club)
—きてくれた子どもに合わせて空間を増やすことができたり、ものづくりという共通の実施事項を通した子どもの交流があったりするのは、オンライン・プログラミングならではの居場所のあり方だと感じました。
先ほども申し上げましたが、放プロではカメラのオンオフも自由です。そのため、名前はもちろん、性別も分かりません。つまり、日常のリアルな関係性から離れているので、子どもたちは現実世界の自分とは別のデジタルアイデンティティみたいなものを作り直すことができます。学校などでは引っ込み思案だとしても、放プロでは違う自分、なりたい自分像を再構築できるのではないかなと思います。そのことが子どもたちの自由な学びにつながっているのかもしれません。
そうかといって、完全にオンラインと現実とで切り離されるわけではありません。オンラインだから発揮できた能力だとしても、それはその人がもともと持っていた・あるいはそこで育んだ個性だと思います。不登校の子が学校に復帰して、得意なプログラミングを活かして友人の輪を広げることができるなど、オンラインで育んだ自信や経験が現実世界に良い影響を及ぼす事例も出てきています。オンラインという非日常だからこそ得られる「自分でこんなことができるんだ」「実はこんな風にコミュニケーションできるんだ」といった発見が、その子の人生全体を豊かにしていく。そんな可能性がオンラインの居場所にはあるのではないかと思います。
画像:教育版Minecraftでの活動の様子(出典:Kids Code Club)
放プロを必要とする子どもたちとつながるために
—子どもたちはどのような経緯で放プロにつながるのですか。
主に他団体や学校での紹介、参加した子ども・世帯からの口コミによって集まってきています。もともと家庭の経済状況に関わらず誰でもプログラミング教育を受けられるようにという想いで始めた事業であるため、貧困層の子どもたちにきちんとアウトリーチをしたいと考えていました。そこで、食事支援や学習支援を行っている他団体と連携し、そちらで紹介してもらっています。
また、最近は学校でICT支援員の方がクラブを紹介してくれるというケースも増えています。Kids Code Clubではクラブで使用している「キッズコードレシピ」というプログラミングの教材を誰でも使えるように一般公開しています。学校の授業などで使用されることが増え、教材を通してクラブを知った方が、別室登校をしている子たちなどに紹介してくださることもあります。
画像:キッズコードレシピ(プログラミング教材)の種類(出典:Kids Code Club)
そして参加した/している子どもたちからの紹介が、大体2割程でしょうか。このようなつながりを通して活動を広めてきたことで、経済的困難や不登校、発達障害などの課題を抱えている子どもたちが利用者の半分くらいを占めています。
子どもも大人も、自由にテクノロジーを使えるように
—今後の展望について教えてください。
現状、私たちが直接子どもたちを受け入れていくという部分については、ある程度形が出来上がって落ち着いてきた段階かなと思っています。そこで、もっとつながる子どもたちを増やしたい、そして放プロを望んだ時に誰でもつながることができるインフラの様なものにしていきたいという大きな夢に向かって一歩ずつ進んでいきたいです。そのためには私たちだけで取り組むのではなく、もっと他団体との連携が必要だと考えています。
子ども支援の各現場から、子どもがプログラミングをやりたがっているとか、Minecraftをやりたがっているなどの声を聞くことが多くあります。とはいえ、全ての現場がテクノロジー領域の支援に予算や時間をかけられる訳ではありません。連携させていただいている団体が少しずつ増えている背景には、まだNPOの領域でプログラミングなどテクノロジー面における支援のノウハウを持っている団体が少ないからこそ、私たちに声をかけてくださっているという現状があると思っています。端末や環境は整っていても、ノウハウがないという支援現場に私たちがつながることで、より必要とする子どもたちに機会を届けていけるのではないかと思っています。
そして、ITデジタル領域にいる者として、AI活用にも取り組んでいきたいと考えています。技術が進化しても、一部の人だけがその恩恵を得られるのでは意味がありません。子どもたち自身が何か困り事を抱えたときに、AIを活用して解決したり、他の子が困っているときに調べものに協力したりできれば、子どもたちにとって支えになるでしょう。このような子どもの自立と協力を促進するために、新しいデジタル技術を活用していきたいと思っています。そして、AIでは不十分な心のケアや温かい声掛けなどについて、私たち人間がしっかりサポートをしていくことで、Kids Code Clubの活動がより広がっていってほしいです。そうして、子どもはもちろん、ゆくゆくは大人も自由にテクノロジーを学ぶことができる環境を整えていきたいなと考えています。
この人の、この一冊
インタビュイーからのオススメの本をご紹介します!
書籍名:ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則
著:ミッチェル・レズニック、村井裕実子、阿部和広、伊藤 穰一、ケン・ロビンソン
出版社:日経BP社
おすすめの理由:
教育業界での経験がまったくない自分が、プログラミング教育のあり方について模索していた時に出会い、心から共感し、励まされた本です。本の中で語られている「クリエイティブ・ラーニング・スパイラル」や「10のヒント」は、放課後プログラミングクラブの指針のひとつとなっています。
まとめ
今回は、一般社団法人Kids Code Clubの代表理事である石川さんにテクノロジーを楽しく自由に学ぶための環境をすべての子どもたちに届ける活動、オンラインならではの居場所のあり方などについて伺いました。ポイントを以下にまとめます。
- 放プロはプログラミングを学ぶ場所でありながら、子どもたちが一人ひとり自分のペースで過ごすことのできる居場所でもある
- 放プロでは、子どもたちの自然なやりとりが発生するようオンラインの機能を駆使し、子ども同士の主体的な学び合いを促すことを大切にしている
- オンラインの場だからこそ発揮できた力もその子が持つ個性であり、実生活でのその子の可能性を広げることに繋がりうる
- 今後は、他団体と協力しながら誰でもテクノロジーを学べる場をインフラ化していくこと、AIを活用した支援サービスを開発していくことを目指している
※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません
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