東京大学が提供する「真にインクルーシブ」な自然体験学習ー自然に学ぶみんなの学校の事例ー

体験活動に参加することが経済的に厳しい、遠方に住んでいて機会がない、身体的事情で外出ができないなど、さまざまな理由によって体験が制限されている子どもたちは少なくありません。「誰もが」「どこでも」体験学習を行い、学びを深めることはできないのでしょうか。

東京大学大学院工学系研究科は、ヒューリック株式会社(以下、ヒューリック)の賛同のもと、この疑問に挑戦すべく、大学外から支援を受けて共同研究を行う社会連携講座を立ち上げました。フィールドでの自然体験と情報通信技術(ICT)を掛け合わせることで、子どもたちが自然の面白さを体得できるシステムの実現を目指し、「自然に学ぶみんなの学校」という自然体験教室を運営しています。

今回は、「自然に学ぶみんなの学校」の担当者である東京大学大学院工学系研究科の桑原氏にお話を伺いました。工学系という、一見すると体験格差とは遠いところにあると感じられる領域で研究されている先生方ならではの創意工夫や「真にインクルーシブな学び」に込められた思いを教えていただきます。

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プロフィール:桑原 佑典氏
東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻特任助教。博士(工学)。
専門は古気候・古海洋学、地球資源工学、地球生命科学。過去の地球の環境変動や海洋環境について研究を行っている。令和4年度東京大学大学院工学系研究科長賞(研究)。

「自然に学ぶみんなの学校」ができるまで

—「自然に学ぶみんなの学校」はどのように始まったのでしょうか。

きっかけは、東京大学大学院工学系研究科長・工学部長で研究室の教授でもある加藤泰浩先生の思いです。加藤先生が、次世代を担う子どもたちに自然科学の面白さを伝えたいということで、2015年より小中学生向けの自然体験学習「自然に学ぶ夏の学校」を加藤・中村・安川研究室で行ってきました。子どもたちが地球環境と人間社会の関わりを理解して、環境保全に対する意識を高めるとともに、もともと自然科学に触れる機会がなかった子どもにも自然の魅力を知ってもらいたいという思いで実施してきました

途中、コロナ禍によってオンラインでイベントを実施することもありましたが、今までに小学生が延べ200名ほど、中学生が60名ほど参加してくれています。子どもたちから「将来、東京大学の工学部に行ってエンジニアになりたい」「イベントに参加したことで学問に興味を持った」といった感想を聞くことができたのが、「自然に学ぶ夏の学校」の成果だと感じてます。

—研究室単独で行っていたイベントが、社会連携講座へと発展した経緯を教えてください。

実は、コロナ禍で活動が制限されそうになったので、「活動を続けるために協力を得られないか」とさまざまな企業に相談させていただきました。その中で、ヒューリックが手を挙げてくださり、社会連携講座を立ち上げることになりました。しかし、ただ単に子どもたちへ自然体験学習を提供しているだけでは、他の団体と行っていることは同じです。そこで、「新しいシステムを作る」ことが重要だと考えるようになりました。

今までの参加者について考えてみると、元から自然に対する興味が強かったり、教育熱心な親御さんの子どもであったりする印象でした。つまり、初めから自然や科学へのモチベーションが高い子どもが多かったのです。けれども、今まで自然科学に触れる機会がなかった子どもが参加して、新たに興味を持つことも大事にしたいと考えて、「真にインクルーシブな自然体験学習システムの創成」という講座名を掲げる運びとなりました。

具体的には、今までの「自然に学ぶ夏の学校」で行ってきたフィールドでの体験活動と、コロナ禍に実施したオンラインでの遠隔の自然体験を組み合わせて、「誰でも、いつでも、どこにいても、臨場感のある自然体験ができるシステム」を作ることを目標としました。その鍵となるのがICTで、オンライン配信やボディシェアリング、メタバース(注1)などを通じて、いろいろな理由によって現地の活動に参加できない子どもも、現地に参加している子どもと同等の体験を得られることを目指しました。

(注1)メタバースとは、インターネットを利用した「仮想空間」で交流やサービスを楽しめる場所のこと。ユーザーは自身の分身となるアバターを使って生活を送り、物の売買、他者とのコミュニケーション、イベントの開催、街の散策などさまざまな経験ができる。

出典:自然に学ぶみんなの学校

「むし・ほし・いし」に触れる〜「自然に学ぶみんなの学校」の活動内容〜

—それでは、「自然に学ぶみんなの学校」で行う活動についてご紹介いただけますか。

まず、「自然に学ぶみんなの学校」は高学年向けの合宿形式と、低学年向けの日帰りイベントに分かれています。

小学5年生から中学3年生までを対象とした合宿は2泊3日にわたり、「少年自然の家(注2)」で行います。昨年度は新潟県妙高市、今年度は福島県南会津町で実施しました。現地の参加者に加えて、オンライン配信やボディシェアリングも行い、リモートの参加者には年齢制限を設けずに参加いただきました。

合宿では、東京大学の教員による自然科学のレクチャーを行う他、多様な体験活動を提供しました。テーマとして「むし・ほし・いし」を掲げているので、子どもたちはその中から自分の興味がある活動を選び、参加します。

(注2)「少年自然の家」とは、児童・青少年に豊かな自然体験活動、団体宿泊生活体験の機会を提供することを目的に、1970年代以降、国や地方自治体によって設置された施設。

出典:自然に学ぶみんなの学校

体験活動のもう一つの柱として、夜の体験活動があります。屋外でライトを使って光に集まってくる昆虫(クワガタムシやガなど)を採集したり、星空の観察も行ったりしました。自然が豊かな地域なので、都会では見ることのできない昆虫や、綺麗な星空を味わうことができました。

出典:自然に学ぶみんなの学校

最終日には、新しくできたお友達や、学生ボランティア、教員と話し合いながら振り返りを行います。自由研究相談会や、最後のまとめとしてクイズ大会も実施しました。

—低学年向けの「自然に学ぶみんなの学校」ではどのような活動をしているのでしょうか。

小学1年生から小学4年生までを対象とし、東京大学本郷キャンパスで実施しています。こちらは保護者も一緒に参加することが可能で、東京大学にある「鉱物資源フロンティアミュージアム ミネラフロント」の見学や、鉱物・昆虫・隕石の標本の観察、火山噴火の実験などを行いました。

出典:自然に学ぶみんなの学校

社会連携講座の強み

—社会連携講座となったことで、できるようになったことはありますか。

まず、金銭的なサポートを受けられるようになったおかげで、今までできなかったことを実現できました。例を挙げると、ICTを使うためには当然お金がかかるので、以前は準備できなかった機器の導入が可能となりました。また、合宿における子どもの生活面の管理を委託できたことで、現地の参加人数を増やすこともできました。

加えて、ひとり親家庭の参加者も増加しました。これは、ヒューリックが社会貢献活動としてNPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ(以下、しんぐるまざあず・ふぉーらむ)を支援していて、そのメーリングリストを介して「自然に学ぶみんなの学校」の告知ができたことがきっかけです。さらに金銭面が充実したことで、経済的に厳しい家庭の子どもの参加費を無料にできたことも、参加率の上昇に貢献したと考えています。昨年度も今年度も、現地参加者の半数はひとり親家庭の子どもでした私たちの研究室は直接NPOなどの団体と連携を取っていないので、ヒューリックとの出会いから思いがけず実現できた成果だと考えています。

インクルーシブな学びのための工夫

—「真にインクルーシブな学び」を実現するために、心がけていることを教えてください。

主に以下の3点を意識しています。

  1. 広報
  2. ICTの活用
    1. ボディシェアリング
    2. オンライン配信
    3. メタバース
  3. 子どもと同じ、目線に立つ

1つずつご紹介させていただきます。

1. 広報

やはり、自然体験教室があることをできるだけ多くの方に知っていただくことが第一です。けれども、例えば博物館好きの人が集まる掲示板で募集をかけても、熱心な人しか目にすることができません。いろいろな子どもの目に留まるよう、児童館やしんぐるまざあず・ふぉーらむのメーリングリスト、教育委員会を通じた学校でのビラ配布など、積極的に呼びかけることを大切にしました

応募者から参加者を選ぶ際も、選抜方法を工夫しました。全員に参加していただきたいのは山々なのですが、応募動機のみで選んでしまうと、熱心な子ばかりが集まってしまい裾野が広がりません。応募経路や世帯の状況など、志望動機以外の部分も考慮しながら参加者を選びました。

2.1. ICTの活用:ボディシェアリング

ボディシェアリングとは、遠隔地にあるロボットと感覚を共有する技術のことですロボットが持ち上げた石の重さや触った感触を、身体感覚として遠方にいる子どもも感じることができ、また子どもが身体を動かすことで、ロボットを操作して現地のものを動かすこともできます。難病などによって外出できない子どもにも自然体験ができることを目標として導入した技術で、2023年度は公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ ・ジャパン(以下、ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ ・ジャパン)が運営している東大ハウスと連携して実施しました。

子どもたちからは、「実際に現地でロボットが動いて石を持ち上げて、その感覚が伝わるのが新鮮だった」という声や「遠隔地にいても、自分で自在に現地のものが動かせることが面白かった」という感想がありました。

2.2. ICTの活用:オンライン配信

Zoomを使ってリアルタイムの配信を行い、現地にいる子どものみならず、オンラインで視聴している子どもたちともコミュニケーションが取れるようにしていました加えて、オンライン限定でスタッフが鉱山に向かい、鉱物を採集する様子も配信しました。実際に子どもを連れていけないような環境から配信し、実物をお見せできたことから、多くの参加者から好評価を得ました。

2.3.  ICTの活用:メタバース

インターネット上の仮想空間である2Dメタバースに「自然に学ぶみんなの学校」の合宿地となった少年自然の家や周辺施設を構築し、参加者同士でコミュニケーションを取ったり、好きな時間にオンラインのコンテンツを見られたりするようにしました2Dにしたことでコンピューターへの負荷を軽減させることができ、使い勝手の良いプラットフォームとなりました。

出典:自然に学ぶみんなの学校

3. 子どもの目線に立つ

普段は大学生に対して長時間の授業を行っていますが、どのように小中学生に自然科学を伝えたら良いかも試行錯誤しています。その中で、「子どもたちがどういう目線で物事を見ているか」「どういうことを不思議に思うのか」が大切だと気づきました

子どもの観点や疑問を素直に受け止め、一緒に考えることで、子どもたちがさまざまなことに目を向ける機会になるのではないかと思います結果として、それまで虫に触れなかった子どもが触れるようになったり、カブトムシやクワガタムシのようなかっこいい昆虫にしか関心がなかった子どもがオサムシ・トンボ・バッタのような「地味」な昆虫も集めたりする姿を見ることができました。

近年、研究者の能力として自身の専門分野や科学全般について、子どもも含めた一般の方々へ伝えるアウトリーチ活動も重視されるようになっています。従って、専門領域や科学への興味を積極的に広げていくことは、研究者全員に求められるスキルだと感じています。

—インクルーシブな学習を提供する上で、課題に感じたことはありますか。

インクルーシブと学習効果のバランスには苦労しました。実は、2023年にはしんぐるまざあず・ふぉーらむからの応募者は全員参加としたのですが、自然体験活動への参加意欲の低い子どもや様々な特性のある子どもが参加し、全体の学習効果が下がってしまう場面がありました。私たち自身は臨床心理のプロではないため、さまざまな行動をする子どもをフォローするスタッフがいたら、より安心していろいろな子どもを受け入れやすくなるのかなと思います。

他にも、ボディシェアリングは通信環境に大きく左右されてしまうことや、配信での手ぶれやピントの合わせ方など、臨場感のある自然体験をオンラインで伝える上での改善点もまだまだあると感じています。

今後の展望

—最後に、今後の目標をお聞かせください。

まず、ボディシェアリングでご一緒したドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ ・ジャパンとの連携を続けたいと考えています。ゆくゆくは入院などによって現地参加ができない子どもも自然体験ができ、現地の子どもと交流できるシステムを構築していきたいです

そして、しんぐるまざあず・ふぉーらむとのご縁も大切にして、ひとり親家庭や経済的に困窮している家庭の子どもたちも参加できる自然体験学習の提供を続けていきたいと考えています。

最後に、地域連携も鍵になると思います。合宿形式で実施した「自然に学ぶみんなの学校」の会場は過疎化が進んでいる場所でもあり、地域を活性化したいと考えている地元の方も多いです。イベント等を持ち込み現地の方と子どもの繋がりを作ることで、地域活性への貢献もできるのではないかと考えています。

将来的には、「自然に学ぶみんなの学校」が私たちの手を離れても、ボディシェアリングやメタバースを使いながら全国で自然体験教室が行われるのが望ましいと考えます各地の「少年自然の家」には自然体験を提供できるスタッフさんがいらっしゃるので、ICTと掛け合わせて、より密度の高い体験をより多くの子どもたちに届けたいです。

出典:自然に学ぶみんなの学校

まとめ

今回は、桑原氏に「自然に学ぶみんなの学校」について伺いました。ポイントを以下にまとめます。

  • 「自然に学ぶみんなの学校」は、子どもが自然に親しむきっかけを作りたいという思いから始まり、2023年からヒューリックと連携した社会連携講座になった。
  • 社会連携講座になったことで、参加人数を増やしたり、参加費を無料にしたり、ボディシェアリングやメタバースなどICTを用いたりして、ひとり親家庭の子どもや遠方に住んでいる子どもなど、より多くの子どもに自然体験を提供できるようになった。
  • 今後も、技術を活用して「誰でも、いつでも、どこにいても、臨場感のある自然体験ができるシステム」の構築を目指している。

後編では、「自然に学ぶみんなの学校」を支援するヒューリック株式会社の社会貢献活動担当者の方に、この活動に対する企業側の想いなどを伺います。

後編はこちら:

【サポート企業編】東京大学が提供する「真にインクルーシブ」な自然体験学習ー自然に学ぶみんなの学校の事例ー
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※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません

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