【後編】少年少女たちが「心のよりどころ」をみつけるサポートを目指すーNPO法人第3の家族が行う支援と今後の展望

NPO法人第3の家族(以下、第3の家族)は、家庭環境問題の支援の「はざま」にいる少年少女が家庭以外に自分の居場所を見つけられること・大人になるまで生き抜くことを目指し、当事者のニーズに寄り添ったオンラインサービスなどを展開している団体です。

後編では代表の奥村春香氏に、第3の家族がオンライン支援に着手した背景や少年少女たちが「心のよりどころ」を見つけていくためのサポート、支援の入り口を広げるための取り組みなどについて伺います。

前編はこちら:

【前編】「はざま」の少年少女たちに、寄り添うために寄り添わない ーNPO法人第3の家族の支援のあり方
【前編】「はざま」の少年少女たちに、寄り添うために寄り添わない ーNPO法人第3の家族の支援のあり方

プロフィール:奥村春香
1999年生まれ。自身の経験をきっかけに、学生時代から「第3の家族」の活動を始める。2022年にグッドデザイン・ニューホープ賞で最優秀賞を受賞。23年にNPO法人化。デザイン、マネジメント、エンジニアリングの統合的な視点で経営や設計、開発を行う。

 

第三者的立場でいるための、オンライン支援

不安を吐き出し、使える手札を知るためのサポート

—第3の家族が行う主なサービスとして、多様な支援の情報や体験談が掲載されたサイトの「nigeruno」と、悩みや不安を吐き出す掲示板サイトの「gedokun」があります。なぜ対面支援ではなくオンラインでの支援を選択されたのでしょうか。

オンラインのサービスを始めた理由はいくつかあるのですが、1つは私自身がものづくりが好きだったからです。もともとデザインを学んでいて、そこからプログラミングを少し学んでみたらサイトをつくって公開することができて、「あ、こうやってできるんだ」ということにちょっと感動して。家庭環境問題に対して何か行動したいと思った時に、当時自分の体験をウェブ漫画として公開している人などもいたのですが、その中で私はサイトをつくることができたのでこれでやってみようと思いました。そうして最初にできたのが掲示板サイトの「gedokun」です。

このサービスをつくったのは、私自身が家庭のことで悩んでいた時、SNSに悩みや不安を吐き出すことが救いになっていたからです。当時はTwitterの鍵アカウント(注)で辛かったことなどを呟いていて、鍵アカウントなので誰も見ていないし人から反応がもらえるわけでもないのですが、吐き出すだけでも少し楽な気持ちになれました。もし自分と同じような境遇の人から共感してもらえたら嬉しいだろうな、という気持ちもありました。

そこで「gedokun」では、人のつぶやきに対して返信することはできないのですが、共感やエールを表すスタンプを送ることができるようにしています。「はざま」にいる少年少女たちは周りから問題が認識されにくい分、1人で戦っているような感覚に陥ることも多いです。返信で直接コミュニケーションを取ることができればより親密に関係性を築くことができますが、その一方で近すぎるゆえに衝突が起きることもあります。直接つながることができなくても、まずは「自分と同じような境遇にいる人がいるんだ」「共感してくれて、応援してくれる人がいるんだ」と感じてもらえることが大切と考え、このような形にしています。

注:特定のユーザーにしか自分の投稿が表示されないように設定したアカウントのこと。


「gedokun」の利用イメージ(出典:第3の家族ウェブサイト

—まずは安心して吐き出せる場所があるというのは大切ですね。

吐き出すにしても、いきなり対面の相談所などに足を運ぶことはハードルが高いと感じる子が多いであろうことも、オンラインでの支援としている理由です。特に大人に対する信頼度が下がっていたり話すことが苦手だったりする子たちが、知らない大人のところに相談に行くというのはなかなか難しいことです。また、今の世代の子たちは、困ったことがあるとすぐにインターネットで調べる傾向があることもオンライン支援をメインとしている理由の1つです。

その最初の「調べる」という過程のサポートとして運営しているのが、「nigeruno」というサイトです。「nigeruno」には今の辛い状況を凌いでいくための様々な手札と、実際にその手札を利用した人たちが感じたメリット・デメリットを掲載しています。利用をする前に他の人の経験を知ることで、「こういう感じなんだ」「それならこっちの方が自分には合うかも」「こういうデメリットが起きる可能性は想定しおこう」など、実際に動く際のイメージを得てもらえればと思っています。そうすることで、「受けられる支援が自分が思っていたものと違った」という落差も軽減できるのではと考えています。

また手札には、自治体制度や民間サービスなどの情報だけでなく、より身近な手法や相談先についても掲載しています。例えば家庭と距離をとる手札としては「外泊」「留学」「離れた大学への進学」、相談できる先としては「祖父母」「親の友達」「ネット上の友達」などを掲載し、それらについてもどういうメリットとデメリットがありうるのかを記しています。

利用者は1人で「nigeruno」を利用しますが、顔の見えない様々な人がその人の選択をサポートしてくれているような状況をつくりだすことを目指しています。今後は当事者の経験談だけでなく、社会福祉士や専門家の方の意見も掲載していくことで、専門的な視点も交えて利用者が視野を広げられるようにしたいと考えています。


「nigeruno」の利用イメージ(出典:第3の家族ウェブサイト

使いやすさと安心感をもたらすデザイン

—「nigeruno」と「gedokun」はどちらも可愛らしい名前と柔らかいデザインが使われていますよね。第3の家族はサイトデザインやネーミングにも力を入れている印象ですが、それがサービス利用のきっかけになっているのでしょうか。

そうだと思います。第3の家族の考えるデザインでは、色や形はもちろん、サイトの使いやすさや有用性といった体験価値の部分も重要視しています。

たとえば「nigeruno」では、手札の特徴やメリット・デメリットといった情報が頭に入りやすいように、端的な文章で伝えることを心掛けています。


出典:第3の家族「nigeruno

「gedokun」については、投稿内容が暗いものになりがちなので、不安感を和らげるようなゆとりのあるデザインを意識しています。


出典:第3の家族「gedokun

サービス内容が良くてもサイトが使いづらいと利用者は離れてしまいます直感的な面でも有用性の面でも、長く使ってもらえるようなデザインや情報設計を重視していますね。

「心のよりどころ」を見つけ、仲間と一緒に生き抜く

—第3の家族には、同じような境遇の仲間と対面で交流ができる「第3の部活」というサービスもあります。オンラインだけでなく対面でのサービスも展開しているのはなぜでしょうか。

「第3の部活」は、第3の家族に繋がる入り口を広げる役割を担っています。私たちが対象にしている支援の「はざま」にいる少年少女たちの置かれている環境は、今はそれほど深刻ではなかったとしても、長く放置してしまうことで大きな問題や事件につながる危険性もあります。そのため、深刻な状況になる前になるべく早期に第3の家族とつながってほしいという思いがあり、対面イベントの場を設けています。

「第3の部活」は「同じ悩みで集まるちょっと変わった部活動」をコンセプトにしており、ダイレクトに悩み事のテーマで集まるというよりは、ちょっと変わったフックで集まって、ゆるやかにつながる場を設計しています。たとえば昨年は「裏母の日」というイベントを開催しました。これは母の日に、世の中はお母さんへの感謝の言葉で溢れているけれど、自分はどうしてもそう思うことができなかったり、家にいるのが気まずいと感じていたりする子たちで集まり、同じ思いを持つ仲間と一緒に過ごすイベントです。イベントのテーマは、「母の日しんどかったよね」とか「音楽に救われたよね」という、元当事者のスタッフ同士の過去を振り返った会話から生まれたものが多いですね。


第3の部活イメージ(出典:第3の家族ウェブサイト

家庭環境問題は何が問題解決の糸口になるかが明確ではないからこそ、今の辛い状況を凌いでいくために、同じような悩みを抱える仲間と集まって「一緒に頑張ろうね」と励まし合うようなコミュニティにもなれたらと思っています。今年の5月5日(こどもの日)には、音楽イベントの開催を予定しているのですが、それも「ゴールデンウィークに家にいたくない子たちで集まろう」という感じで、そういうゆるい共感からつながっていくような場をつくっていければと思っています。


5月に開催予定の音楽イベント。現在CAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。(出典:第3の家族)

実は「第3の部活」は春頃に解体してサービスを独立させる予定でいるのですが、そうすることで今まで以上に対面イベントによるアウトリーチに力を入れていければと思っています。

—「第3の部活」や「gedokun」を通して、子どもたちの新しい居場所ができているのですね。

そうですね。ただ、第3の家族では「居場所」ではなく「心のよりどころ」という言葉を使うようにしています。今度開催する音楽イベントも、まさに誰かの心のよりどころになれたらと思っています。

一方で、第3の家族はあくまで「心のよりどころ」であって「居場所」ではないと思いますし、少年少女たちが自分の道を自分で歩けるようになるためにも、長くここに留まってほしくはないと思っています。最終的には、彼らが地域の支援団体や友人・パートナーなど何でもいいので、自分自身で、自分だけの居場所を見つけられたらと思います。

自分や自分の身近にいる人が抱えている傷に気がつけるように

—第3の家族の取り組みの1つに、家庭環境に関する調査結果をイラストを用いて表現した「家庭環境データ」があります。拝見したとき、数値ではなくイラストで調査結果を提示する発想を新鮮に感じました。

調査結果を誰でも理解しやすい表現方法で提示することで、見た人が自分の抱えている傷に気がつくきっかけになるのではと思い、視覚比喩という立ち止まって考えさせられる表現を用いています。私は内閣府が作成している「令和4年版 子供・若者白書」のような、家庭環境に関する調査があることを大人になってから知りました。初めて見たときは「こんな調査があるんだ。自分たちが置かれている状況が、こんな風に数値化・言語化されているんだ」と驚きましたが、子どもの頃に知っていたとしても難しく感じて読めなかったと思います。イラストであれば印象に残りやすく、感覚的に理解がしやすいため「これ何だろう」と気になったり「このイラストって私のことかも」と共感しやすくなったりするのではないかと思います。

たとえば下のイラストは、日常的に心ない言葉をかけられたり、過干渉・無視・放任などをされ続けたりすることで、自分で気づかないうちに傷ついてしまっていることを、崩れそうな積み木のイラストで表しています。


出典:第3の家族「
家庭環境データ

2023年末には、渋谷区のイベントスペースで展示会も行いました。元々は当事者自身が自分の抱える問題に気づくことや、社会に家庭環境問題に関心を持ってもらうことを目的としていましたが、展示会では当事者の友人や学校の先生など、当事者の周辺にいる人たちからも大きな反響をいただきました。「友人が家庭環境に悩んでいるのかもと思っていたけれど、声を掛けられなかった」「イラストを見て、当事者の状況や心情をより想像することができた」という感想をいただいたことが印象に残っています。身近にいる当事者に周囲が手を差し伸べやすくなるという方面でも、データの力を感じた出来事でした。


「家庭環境データ2023」展示会の様子(出典:第3の家族)

今後の展望

—今後、目指していることや挑戦したいことなどがあれば、教えてください。

今後の展望として考えていることは2つあります。1つめは、より早い段階から第3の家族とつながれるような状況をつくりだしていくことです。本当は小学生など低年齢層の子たちにもなるべく早くからサービスにつながってもらいたいと考えていますが、現在の利用者の多くは中高生です。年齢に関わらず多くの子どもたちが支援につながるには、第3の部活のように入り口を広げていくサービスの展開が鍵になると考えています。

そのためにまずは、家庭環境データを学校内に展示することを考えています。学校なら多くの子どもが目にしますし、ふと見たイラストをきっかけに第3の家族につながる機会を増やすことができるのではと思っています。今年の春にはある高校で家庭環境データの展示を行う予定で、今後は小学校でも展示を実施していきたいと考えています。

また、SNS、特にTikTokも積極的に利用していきたいです。SNSの強みは、利用人口が多く、何気ない動画が広まりやすいところだと思います。以前第3の家族の公式TikTokにライフハックとして部屋に鍵が無くても簡単に鍵を掛けられる方法を投稿したところ、かなり多くの再生回数を獲得しました。コメント欄には「こんなアイディアが欲しかった」というような感想の他に、「別に虐待とかされていないけど、試してみようって思っちゃうのは異常なのかな」など、自分の状況を客観視し始めるような感想があったのが印象的です。この動画を機に、毎月1000人以上の視聴者が第3の家族のホーム画面まで飛んできてくれています。このような形でSNSの力を使いながら、入り口を広げることを試行錯誤していきたいです。現在は、5月に開催予定の音楽イベントの様子をSNSで配信することを考えています。

2つめは、心の悩みや不安の整理のサポートができるAIを取り入れることです。私たちは第3の家族を通して当事者が自分の傷つきや考えを自覚し、これからどうしたいかを自分で選択していくためのサポートをしていますが、問題を抱えながら1人で自分自身の状況を整理し、必要な情報を収集していくのはとても難しいことです。現状はそのあたりを、その子自身の能力や運に頼ってしまっているところがあると思っています。

そこで、「第三者」という距離があるからこそ頼りやすいという第3の家族の特色を保ちながらもその整理のサポートができるよう、AIを用いて自分の悩みや不安を解きほぐすことができるようなシステムを導入できればと考えています。また、「gedokun」での利用者の投稿内容をもとに「nigeruno」で役に立つかもしれない手札や自分と似たような状況にいた人の経験談が表示されるというように、各サービスをリンクさせることで情報整理・収集がしやすくなるようにしていくことも考えています。

大きな介入はしないけれど、子どもたち一人一人が自分の状況や思い・考えに理解を深めながら自分の選択をしていけるよう、これからも陰ながら補助をしていきたいと思っています。

この人の、この一冊

インタビュイーからのオススメの本をご紹介します!

デザイン思考が世界を変える
著:ティムブラウン
出版社:早川書房

「デザインとは色や形だけではなく、有用性・経済的実現性・技術的実現性など、統合的な視点を用いてイノベーションを起こしていくことだと体系的に学べた本。経営者として、デザイナーとして、何をして生きるか、何のために生きるか、恩師に教えてもらった思い出の本です。」(奥村さん)

まとめ

今回は、第3の家族代表理事の奥村春香さんに、オンライン支援に着手した背景や行っているサービス、支援の入り口を広げるための取り組みなどについて伺いました。ポイントを以下にまとめます。

  • オンライン支援を始めた背景には、ものづくりが好きだったこと・対面支援を苦手とする子たちも安心して使ってほしいという思いがある
  • 使いやすさとゆとりのあるデザインを意識して情報設計をすることで、少年少女たちが支援の場から離れてしまうことを防ぐ
  • 目を引くイラストや当事者が共感できるようなイベントから、はざまの少年少女たちとつながる
  • 今後取り組みたいこと
    • 多くの子たちが集まりやすい学校やSNSを活用して、支援の入り口を広げる
    • 自分の悩みや不安を解きほぐすAIシステムなどを導入し、より自立をサポートしていく

※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません

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