【連載第3回】初めて学ぶ!子ども支援現場における性教育のいろは③

連載第1回および第2回では、性教育講師のにじいろさんに「子ども支援現場における性教育」のいろはについて伺いました。今回は、子どもたちが受けている性被害の実態および日本の性教育の現状について、思春期保健相談士の徳永桂子さんに伺います。

【連載第1回】初めて学ぶ!子ども支援現場における性教育のいろは①
【連載第1回】初めて学ぶ!子ども支援現場における性教育のいろは①
【連載第2回】初めて学ぶ!子ども支援現場における性教育のいろは②
【連載第2回】初めて学ぶ!子ども支援現場における性教育のいろは②

プロフィール:徳永 桂子
思春期保健相談士、2女2男の母
1997年にCAP(Child Assault Prevention、子どもへの暴力防止)スペシャリストとして仲間とともに市民グループ「CAPにしのみや」を立ち上げる。その活動の中で子ども達自身から幼児期・学童期の性被害について聴き、個人で性教育活動を始める。保育所、幼稚園、小・中・高等学校、特別支援学校、助産学科、看護学科、各地の男女共同参画センターなどで、性教育ワークショップを多数開催。
著書に『からだノート:中学生の相談箱』(大月書店、2013年)など。

 

データから見る性被害の実態

—子どもたちが受けている性被害の実態および日本の性教育の現状について教えてください。

昨年の4月より、文部科学省のHPに「生命の安全教育」の教材がアップロードされました(註1)。ここにおいては、幼児から大学生まで年齢別・発達段階別に教材が用意され、段階的に性教育を行うことが大切だということが言われています。この背景には、2020年6月11日の「性犯罪・性暴力対策強化のための関係府省会議」における「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」の決定があります。

性暴力被害の当事者や、当事者を支援する人たちの長年の運動の結果、刑法ができてから110年ぶりに初めて性犯罪の規定が大きく見直されました。

  1. 強姦罪(膣性交のみ、したがって被害者は女性のみ)の定義が広がり、強制性交等罪(口腔性交、肛門性交も含む。男性の被害者も含まれる)になる
  2. 日本の性的同意年齢である13歳以上の被害者の場合、暴行や脅迫に対する「必死の抵抗」が認められない場合は罪に問えないが、加害者が監護者(家庭内では保護者、入所施設では施設長)の場合、18歳未満であれば暴行・脅迫がなくても罪に問える(監護者強制性交等罪の新設)

などの改正が行われ、2017年7月から施行されました。

ただ、刑法の改正は行われてもなお、日本の性的同意年齢は13歳と、子どもの人権についての意識が高い世界の国々と比べても低いままとなっています。また、本来であれば性的同意年齢までに行われるべき性教育も行われておらず、18歳までに行われている性教育の内容も、世界の性教育のスタンダードからはとても遅れているという現状です。

3年おきに行われている内閣府の調査(註2)では、刑法の定義の広がりに連動して、2017年以降、男性にも調査が行われるようになり、従来から分かっていた女性の厳しい被害実態だけではなく、男性の被害実態も明らかになりました。データから分かることは次の通りです。

  • 一般女性のうち6.9%、一般男性のうち1.0%が無理やりに性交等をされたことがある(図1)
  • そのうち男性の約60%、女性の約50%小学校入学前から19歳までに被害に遭っている(図2)
  • 被害に遭った人は半数以上(男性58.4%、女性70.6%)が誰にも相談できていなかった(図3)

※以前の調査では、被害に遭った時期が幼いほど誰にも相談しなかった割合が増えており、その割合は小学校入学前の被害で100%、小学生から19歳まで含めても約90%であった

  • 被害者が加害者のことを全く知らない割合は全体の10%台に留まり、被害者が18歳未満の場合、加害者が監護者(保護者や児童養護施設の施設長等)である割合は女性で8.6%、男性で33.3%である(図4)

図:徳永様作成の資料をLFAが電子化

以上より、性被害の実態を大人が知らないのは、被害に遭った子どもたちの多くが、誰にも相談できていないからだと分かります。

註1:文部科学省「性犯罪・性暴力対策の強化について」https://www.mext.go.jp/a_menu/danjo/anzen/index.html、2022年5月14日閲覧

註2:男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査(令和2年度調査)」https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/chousa/r02_boryoku_cyousa.html、2022年5月14日閲覧

「相談しづらさ」の正体

—子どもたちはなぜ被害を相談することができていないのでしょうか?

「親や先生を心配させたくない」というのが、私が長年子どもの性被害の相談にのってきた中で、一番多い理由です。

先に活動を始めていたCAP(Child Assault Prevention:子どもが様々な暴力から自分の心と体を守る、暴力防止のための予防教育プログラム)の活動でも、いじめ被害や誘拐被害に比べて、性被害は大人に打ち明けていない子どもが多いことを実感していたので、さらに性について踏み込んだ情報を子どもたちに届けたいと、個人で性教育の取り組みを始めました。「科学的に自分の体について知る」「性の安全を守る」「健康を保つ」という3つの柱を掲げていますが、特に「性の安全を守る」は、私自身が子どもの頃に性暴力被害に遭っていることもあって、より大切にしています。子どもたちの相談から、「伝え方がわからない」「そもそもされたことの意味がわからない」「愛情と勘違いする」など、性や体に関する知識がないことも「言えない壁」を高くしていることが分かっています。科学的なアプローチは安全にもつながるのです。そして子どもたちは、知識を教えてくれた人には、その話題で相談しやすくなります。教えることは、相談できる関係を開いていくのです。だからこそ、子どもたちの現状を知り、子どもの周りの大人が協力して、子どもに教えることを始めて頂きたい。教えながら「もし被害に遭ったら、心配をかけたくないと思うかもしれないけれど、勇気を出して私に相談してね」「一番大切な仕事は、子どもがどうしてよいか分からないときに一緒に考えることなのよ。だから相談してくれたら嬉しいわ」などと伝えて頂きたいのです。

次に多い理由は、子どもが「自分が悪い」と思ってしまうことです。発達段階の特徴として、子どもは幼いほど、何か不都合なことが起こった際に「自分が悪い」と思いやすい傾向にあり、言ったら叱られる、怒られると思うことが「言えない壁」を高くします。そのため、「もし被害に遭ったとしても、被害者は悪くない」と、子どもに繰り返し伝える必要があります。

先ほどのデータで示された通り、加害者が全く知らない人である割合は、大人も含めて男女共に10%台で、年齢別の集計を行っていた以前の調査では、被害に遭った年齢が幼いほど、知っている人が加害者である割合が多いことが分かっています。監護者以外では、きょうだいや親族、友だちの保護者、近所の人、習い事の先生やクラブの監督などが加害者であることが多いです。身近な人が加害者だと、「自分が被害を訴えたことで、その人が捕まったらどうしよう」と子どもが思うため、「言えない壁」がより高くなります。口止めに脅しを使う必要はなく、「このことをおうちの人が知ったらすごく心配するだろうね」と言い聞かせたり、いきなり襲う訳ではなく手なずけ(グルーミング)の期間で徐々に加害をエスカレートさせていきます。

性教育における「安全」と「被害後のケア」の視点

—なぜ、「性暴力は知らない人から」というイメージがあるのでしょうか?

内閣府の調査でも、警察に届け出を出した人はとても少ないことが分かります。やや届け出を出しやすいのが知らない人からの被害なので、警察の発表を聞いて「性暴力は知らない人から受けるもの」と、間違ったイメージを持つ人が多いのです。学校でも不審者対策に重きが置かれていますが、性暴力から子どもを守るためには十分ではありません。

重要なことは、子どもの事実から出発して有効な対策を立てていくことです。これまでお話したことを踏まえて、本当の意味で子どもを性暴力から守るために、私たちは何をしなければならないかを地域のみなさんで考え、具体的な対策をたてていただきたいと思います。そのことが、放置されている被害を受けた子の心のケアにも繋がっていくと思います。

前述の「生命の安全教育」は、子どもの性暴力防止教育に取り組む必要があると全国に発信したことで、意義のあるできごとだったと思います。ただ、メッセージの出し方については、残念な部分があります。例えば、プライベートゾーンについて「見せてはいけません」「触らせてはいけません」と教えることには、2つの落とし穴があります。1つは「〜してはいけません」という否定形のメッセージになっていることによって、かえって望ましくない行動が強化されてしまうことです。というのも、日本語は否定辞が最後に来るので、文章を前から読むとどうしても禁止されるべき行動が想起されてしまい、そのイメージに上から「否定」が加わることになってしまうからです。例えば、「廊下は走ってはいけません」というメッセージよりも「廊下は歩きましょう」というメッセージが効果的なのは、このメカニズムによります。もう1つの落とし穴は、否定形のメッセージは、万が一そのことが起こった時に、子どもが「見せてはいけない、触らせてはいけないところなのに、見せてしまった、触らせてしまった自分が悪い」と思い込み、被害を伝えづらくなってしまうことに繋がるということです。つまり、被害に遭った子どもに被害の責任転嫁をしてしまうメッセージになってしまっているのです。

体の知識を科学的に肯定的なメッセージで明るく届けていただき、子どもが自分の体をかけがえのない大切なものと思えるように働きかけを行ってください。さらに、もし被害に遭った時に子どもに「できること」を肯定的に伝えてください。すると子どもは、大切な自分の体が傷つけられそうになったときに、嫌だと言おう、その場から離れよう、大人に話そうと思えます。

まとめ

今回は、思春期保健相談士の徳永桂子さんに、子どもたちが受けている性被害の実態および日本の性教育の現状について伺いました。ポイントを以下にまとめます。

  • 性被害に遭った子どもの多くがその被害について誰にも相談することができていないという現状があり、その背景には「親や先生を心配させたくない」「自分が悪いと思ってしまう」といった心理がある
  • 監護者による性的虐待や不審者による性被害のイメージと異なり、子どもたちが受けている性被害の実態としては監護者も含む、幅広い身近な人による加害が多い
  • 以上の事実を知った上で、有効な予防策を立てることが大切である
  • 子どもが被害を免れ、被害に遭った場合にも大人に相談できるように、子どもの人権(自分は大切な存在と思えるようになる学習を受ける権利と意見表明権の保障)をベースにして、幼児期から自分の体について科学的に教えることが重要である

次回も引き続き徳永さんに、子ども支援現場における具体的な性教育の取り組み方について伺います。

【連載第4回】初めて学ぶ!子ども支援現場における性教育のいろは④
【連載第4回】初めて学ぶ!子ども支援現場における性教育のいろは④

企画協力:性教育サイト「命育https://meiiku.com/

医師・専門家の監修で、年齢に応じた包括的な性教育の情報(子どもへの具体的な伝え方、専門家によるお悩みQ&A、セミナー情報など)を発信している。

※本記事の内容は専門家個人の見解であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません

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