これから新しく子どもたちの居場所づくりを検討されている方や、既に居場所づくりに携わっている方の中には、拠点のレイアウトや家具の選び方で悩まれている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
子どもたちが安心・安全に過ごせる「居場所」を作る際に、空間デザインの観点や、ちょっとした工夫を加えるだけで、子どもたちの過ごし方は大きく変化します。
今回は、今年の3月に、居場所拠点の大規模リニューアルを担当された、認定特定非営利活動法人Learning for All(以下、LFA)職員の吉原さんに、居場所の空間デザインについて伺いました。
プロフィール:吉原 聡子
LFA職員。大学卒業後、鉄道会社で商業施設の広報販売促進、中学校英語科教諭を経て、LFAに入職。居場所拠点にて拠点長として勤務している。趣味はライブや演劇鑑賞、植物を育てること、犬を観察すること。
拠点リニューアルの経緯
—吉原さんは、今年の3月に、居場所拠点を大幅にリニューアルされたんですよね。リニューアルすることになったきっかけは何ですか?
私は昨年末にこの拠点に異動になったのですが、私が異動してくる前は、拠点の中での過ごし方のルールは明文化されてはおらず、「子どもたちが自由に過ごす」ということを大事にして運営されている拠点であるという印象でした。私もその考え方には賛同していたのですが、実際に拠点の子どもたちの様子を見てみると、部屋の使われ方としていくつか気になる点がありました。
私たちの拠点にはすごく広い部屋が1つあり、そこでは「やっていいこと・やってはいけないこと」のルールも特にないので、座ってゆっくりしたくても、他の子が遊んでいるボールが飛んできたり、それぞれがやりたいことをやるための「縄張り争い」が起こったりしていました。その部屋の隣には勉強スペースもあるものの、広い部屋で遊んでいる子の声が反響する中で勉強していて、集中しづらい状態にもなっていました。また、部屋の中に死角になっているエリアがあり、そこは誰も上手く使えておらず、そこで子ども同士の喧嘩が発生したこともありました。
つまり、場所も時間も、使い方の型やルールがないからこそ「自由なようで、実は不自由」という状態になっていると感じたのです。その問題意識に対して何か手を打とうと思い、部屋のレイアウトをリニューアルすることを決めました。
ただ、新年度が始まるまであまり時間がなかったので、何もかもを猛スピードで進めないといけませんでした。
—とにかく急いで進めないといけなかったんですね。レイアウトを考える際に参考にしたものや、誰かに相談しましたか?
参考にした本は主に2つあります。
- シモーン・デイヴィス著「おうちモンテッソーリはじめます 生き抜く力の伸ばし方」(永岡書店、2020)https://www.nagaokashoten.co.jp/book/9784522438121/
この本は、「教育の前段として、環境構成をちゃんとしましょう」という趣旨で、環境の作り方について冒頭で触れられています。私がもともとモンテッソーリ教育に興味があり、リニューアルを検討する以前に購入していた本なのですが、「そういえばこの本に子どもが過ごしやすい空間作りのことも書いてあったな」と思い出して読み返してみたところ、家具の高さや並べ方、子どもが心地よく感じる色の使い方について、写真がたくさん載っていて、非常に参考になりました。
- 仲綾子+TeamM 乃村工藝社編著「こどもとおとなの空間デザイン」(産学社、2018)http://sangakusha.jp/ISBN978-4-7825-3467-0.html
この本は、とにかく子どもと大人が過ごす空間のデザインの事例がたくさん載っています。そのデザインの意図も書いてあり、空間づくりの参考になりました。またこの本の巻末に、子どもの発達段階ごとのサイズ(身長や座高など)の参考が書いてあるのも助かりました。この本に書いてあるサイズを目安にして、机や椅子を新調しました。
—書籍以外で、何か参考にした意見はありますか?
教員をしている家族にも、私が作った案を見てもらいながらいろいろとアドバイスをもらいました。
例えば、夫からは「パーソナルスペースを感じられるような仕掛けがあった方が良い」というアドバイスをもらいました。確かに、広い空間に対してマットなどで床にゾーニングをすると、自然とそれぞれのマットに、子どもが散らばるんですよね。子どもが「ここは自分の安心エリア」と思えるような仕掛けとして、床のゾーニングは効果的だったと思います。
母からは「パニックになったときに、逃げられる場所があった方が良い」というアドバイスをもらいました。床に設置されていた大きな引き出しの引き出し部分を抜き取ると、洞穴のようになったので、そこにヨギボーを入れて、どうしても嫌な気持ちになったときには逃げ込めるようにしました。
写真:嫌な気持ちになったときに逃げ込めるスペース(LFA撮影)
それに加えてもう1つ、段ボールで作った小窓付きの避難所も用意しています。その避難所では「気持ちが落ち着いて、心が開いてきたら小窓から外のみんなの様子を見てみてね」と伝えています。
写真:段ボールの避難所(LFA撮影)
また「家具や壁の色が天井までずっと同じ色だと、子どもから見るととても高く見えて落ち着かないから、子どもの肩の高さくらいで色を変えてバイカラーにすると良い」というアドバイスももらいました。このアドバイスを受けて、新しく家具を選ぶ際には、高さや色に気を付けて購入しました。壁の色も、今年の夏ごろに塗る予定でいます。
実際に自分で居場所の空間デザインを考えてみると、日常生活でもいろんなことに気が付くようになりました。例えば病院の壁も、よく見てみると子どもの背の高さに合わせて色が変わっていたりするんですよね。そういった、子どもが過ごす空間を意識的に見る機会が増えると、拠点をより良くするヒントを日々思いつくようになりました。
—机や椅子などの家具類を購入するときには、どのように決めましたか?
もちろん「限られた予算内でいかに良いものを買うか」という点も悩みましたが、家具の素材についてもいろいろ考えました。今後10年使うことを考えた時の汚れやすさや、消毒できる素材かどうかも、購入にあたって考えないといけないポイントでした。また、この拠点では中学生向けの学習支援も行っているので、高さを自由に変えられる机である、というのも選ぶ時の基準でした。
空間デザインのポイント
—具体的に今回のリニューアルで変えたポイントを教えてください。
ひろば
一番大きい部屋は、四角い大きいふかふかしたロールマットと、円形のラグマットを2つ置くことで、床をエリア分けしました。
大きいロールマットのエリアは、ストレッチしたりゆっくりリラックスして過ごすエリアです。
丸いラグのエリアは、子どもたちがカードゲームやボードゲームをするエリアです。ラグはちょうど子どもが3人くらい座れる大きさのものを選びました。近くの棚には、ボードゲームやごっご遊びができるおもちゃを置いているので、そこから遊びたいものを取ってきて遊べるようになっています。
写真:丸いラグ(LFA撮影)
子どもたちがランドセルを入れる木の棚も、緑色で塗りました。「森の中」みたいなコンセプトで、自然の中に存在する色だけで家具の色を揃えることにしました。
いこい
キッチン前のエリアは、家でいうとダイニングのイメージです。もともと座卓があったのですが、今回のリニューアルを機に新しい椅子と机を購入して並べ、この部屋は「食べる・勉強する・読書する」空間にしました。
このエリアの奥にある本棚も、今回のリニューアルをきっかけに整理をしました。「本を置いているエリア」と「勉強に使う道具(鉛筆やペンなど)を置いているエリア」に分けています。「勉強と読書に必要なものは全てこの本棚に入っている」という状態にすることに、一番こだわりました。
以前は、子どもの手が届く場所にペンを出していると、子どもたちが壁に落書きをしていたこともあったそうですが、だからといってペンを隠したり、子どもたちがすぐに手に取れない場所に置いたりといった対応はしたくなかったんです。「どこで、どう使うか」を伝えられればきっとちゃんと使ってくれると思って、現在の置き方にしています。ただし、カッターやハサミは、鍵のかかるところに保管しています。
写真:本棚(LFA撮影)
アトリエ
ここは、子どもたちが工作をしたり、ピアノやギターを演奏できる部屋です。机があり、棚には工作に必要な道具や、工作に関する本がまとめて置いてあります。
写真:アトリエの棚(LFA撮影)
部屋の壁
それぞれの部屋の壁には、必ず以下のシートが貼られています。
- その部屋の使い方
- 声のものさし(その部屋で出していい声の大きさの目安)
「アリ」がこしょこしょ話の声、「ネズミ」が隣の人に聞こえる声、「犬」が発表の声、「象」が外に人が飛び出しそうなときに「危ない!」というときの声。
- その部屋の掃除の仕方
写真:部屋の使い方・声のものさし・掃除の仕方(LFA撮影)
部屋の扉
各部屋の扉には、以下が分かるようにプレートを貼っています。
- 部屋の名前
- 誰が使う部屋か
- 現在使用中か
写真:各部屋の扉(LFA撮影)
これは心理士のスタッフから「部屋の名前のプレートを扉につけた方がいいですよ」とアドバイスされたんですが、言われてみると確かにこの拠点は扉が多いんですよね。子どもたちからすると、たくさん扉があって、今どこに誰がいるのかわからないのは確かに不安だな、と思います。その不安を解消するためにも、このプレートは役立っていると思います。
玄関
玄関は子どもだけではなく保護者もよく見ているスペースであることを意識しています。インターンの子が「今日のひとこと」をホワイトボードに書いてくれていたり、最近のニュースの新聞の切り抜きを貼ったりもしています。子どもが描いてくれた絵も飾っているのですが、それをきっかけに保護者と話をすることもあります。
写真:「今日のひとこと」(LFA撮影)
また、保護者がお迎えに来たときに手に取れるように、子育てに使えそうなサービスや制度に関するパンフレットも置いています。
片づけ方の写真
それぞれのものを片付ける場所に、片付け方の見本写真を用意しました。これがあることで、スムーズに片づけができるようになりました。見本写真を貼ることは、発達支援の経験がある拠点スタッフが考案してくれました。発達課題がある子どもだけでなく、全ての子どもにとって良いユニバーサルなデザインだなと思います。
写真:片づけ写真(LFA撮影)
スケジュールボード(活動表)
私は、このスケジュールボードと環境構成は連動していると考えています。単に場を整えても、その場の使い方を考えないと子どもたちは能動的に動けません。まず環境・場を見た上で、「自分はどう過ごしたいか」を考えて表現するのが大事だと思います。
写真:スケジュールボード(LFA撮影)
子どもたちは、拠点に来たらまず自分で1日の過ごし方を考えて、スケジュールボードを作ります。それを見ながら1日を過ごし、帰るときにはスケジュールボードを元通りにして帰ります。記憶をすることが苦手な子は、帰る前にこのスケジュールボードを見ながら、スタッフと一緒に「今日はこういうことをしたね」「今日やったことのなかで、何が一番楽しかった?」などと振り返り、記憶の練習もします。このスケジュールボードは元々、LFAの他の拠点で取り入れていたもので、すごく良いアイディアだなと以前から思っていました。うまくいっているアイディアを取り入れさせてもらえたことも良かったです。
まとめ
今回は、吉原さんに、拠点をリニューアルした経緯や、リニューアルのポイントについて伺いました。ポイントを以下にまとめます。
- 居場所において、場所や時間の使い方のルールが無いと「自由なようで、実は不自由」といった状態になる可能性がある
- 子どもが過ごす空間を意識的に見る機会が増えると、空間をより良くするアイディアが日々思いつくようになる
- 書籍や周囲の人からヒントをもらったり、他拠点でうまくいっているアイディアを上手く組み合わせたりすることで、子どもが過ごしやすい空間を作る
後編では、拠点をリニューアルした後の子ども達の反応や変化、拠点を作る際に大事にしたポイントなどについて伺います。
※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません
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