「居場所拠点では、子どもたちにありのままで自由に過ごしてもらいたい。一方で、トラブルを軽減するためにはある程度の『ルール』も必要なのでは・・・」
子どもの居場所拠点を運営していて、そんなジレンマに悩んだ経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。実際にルールを設けるとなった場合も、何を基準に、どこまでルールとして設定するのかは難しい問題です。
今回は、認定NPO法人Learning for All(以下、LFA)の子ども支援事業部マネージャーである多田さんに、多田さんの担当する拠点におけるルールづくりの考え方や、大切にしていることなどについてお話を伺いました。
前編では、居場所拠点におけるルールとはどういうものなのか、ルールづくりの基準などについてお話いただきます。誰にとっても安心・安全が守られる場をつくるためのヒントとして、ぜひ参考にしてみてください。
プロフィール:多田 理紗
認定NPO法人Learning for All 尼崎エリアマネージャー。大学生当時、地元での原体験からLFAに参画し、非常勤職員として研修開発・現場運営統括に従事。大学卒業後、IT企業を経てLFAに復帰。全ての子どもの”子どもの権利”・全ての人の”学習権”が保障され、一人一人が主体として思いやりをもち豊かに生きる社会にしたい。”自分が大切にされ、自分を大切に思うこと” ”身近な他者や社会と繋がりをもち、しんどいときは誰かに頼り、自分も誰かから頼られる存在であること” “やりたいことが見つかれば、そこに向かって踏み出す糧となる経験”を届けたい。
子どもの居場所拠点に、「ルール」って必要?
同じ拠点で過ごす全員の「安心・安全」を守るためのルール
—多田さんは、居場所拠点においてルールは必要だと思いますか。
私は、子どもやスタッフ含め、同じ拠点で過ごす人全員の安心・安全を守るために、居場所拠点においてある程度のルールは必要だと思います。この「安心・安全を守る」と言ったときに、私は2つのことを意味しています。
1つ目は、何かしらのハプニングが起きた時に、その場にいる人たちの心身の安心・安全を守ることです。想定外の出来事が起きた時にどう行動するかの指針として、ルールという共通認識が必要だと考えています。
もう1つは、一人ひとりのニーズが満たされることで確保される安心・安全です。子どもたちは、「静かに過ごしたい」「ゲームをして遊びたい」など、それぞれのニーズを持っています。お互いのニーズを尊重しながら、一人ひとりのニーズを叶えていくためにも、ルールという約束事が有効な場合があると考えています。
自分たちの声で、ルールは変わる
ールールが子どもたちのニーズを叶える、というのは新しい考え方でした。
「ルール」というと、校則などのイメージから、「誰かに決められていて、変えられないもの」「理不尽を押し付けられるもの」という先入観があるかもしれません。
しかし私は、ルールは、それがあることによって、その人の権利や安心感が守られるものであり、ルールによって相手を縛るのではなく、大人と子どもが一緒により良い場をつくっていくためのものだと捉えています。
どういう状況やあり方に安心・安全を感じるかは、その場にいる人によって違います。だからこそ、私たちの拠点では一部を除いて、基本的にルールは子どもやスタッフなどその場にいる人の声でどんどん変えていけるものとしています。
自分たちの声から自分たちでつくったルールには、納得感があります。納得感があれば、ルールは強制されるものではなく、自ら守りたくなるものになるはずだと思っています。
ー「一部を除いて」ルールは変えていって良いものとしている、というお話がありました。中には変えられないルールもあるということでしょうか。
あくまで私たちの拠点の事例ですが、変えられないルールと変えられるルールがあります。
変えられないルールは、主に自分や他者を傷付ける行為・法律に触れる行為・差別行為につながるものです。そのような行為があった場合、まずは決してその行為を許容はしないこと、そして、行為を否定するのではなく、なぜそのような行為に至ったのかを子どもと共に考え、大人は行為の背景を理解した上で寄り添い、関わることをスタッフ間の共通認識としています。
それ以外全てのルールは、基本的に変えられるものとしています。例えば場の使い方や時間の過ごし方、拠点に持ち込んで良いものなどに関するルールは、子どもたちの声から変えていっています。拠点で過ごす人が変わればニーズも変わっていくため、その都度ルールも見直しています。
画像:LFA作成
ルールづくりの基準
「誰の」「何のニーズに応えるための」ルールなのか
—実際にルールづくりをする際は、様々な意見が出てくると思います。ルールをつくる際に、基準にしているものはありますか。
まずは、「誰の」「何のニーズに応えるための」ルールなのかを明確にすることが大切だと思います。
「本当にこのルールは必要だろうか」「何のためにつくられたルールなのか」とみんなが疑問に思うものは、本来不必要なルールだと考えます。不必要なルールで子どもたちとを縛ることのないよう、ルールの目的をはっきりさせることを意識しています。
さらに、自分たちの拠点ビジョンに沿っているかも判断基準のひとつです。拠点ビジョンとは、拠点の目的・目標のことであり、LFAでは毎年各拠点が作成をしています。
私が担当しているある拠点では、「子どもたちが、ありのままの自分を大切にできる」「子どもたちが、自分の感情を表現できる」「子どもたちが、困ったときに拠点を頼れる」ことを目標として掲げています。つくろうとしているルールがこの目標から逸れていないか、ということは、スタッフ全員が意識をしています。
しかし、拠点ビジョンから逸れているからといって、そのルールが即座に却下されるというわけではありません。先ほど述べたように、ニーズや欲求は人それぞれ異なるものであり、拠点を利用する人に合わせてルールも変わります。時には、拠点ビジョン自体が今の拠点に合っているものになっているのか、ということから見直していく必要があると考えています。
また、私は居場所拠点で子どもたちに持ってもらいたい経験の優先順位は、上から、安心→食事→生活習慣→体験→学習であると考えています。優先順位の高いものが満たされてこそ、次の経験に移ることができると考えるからです。ですので、ルールをつくる際も、この優先順位でその子に必要な経験が満たされているかを考えます。
例えば、拠点へのゲーム機の持ち込みを禁止するルールがあるが、ゲーム機が側にないと安心が満たされない子どもがいる場合はどうしたら良いか、という相談を受けたことがあります。その場合は、ゲームを持ち込むことがその子の心理的な安心・安全に大きく関わるのであれば、ゲーム機以外でその子の安心・安全を満たす方法を考えると同時に、ゲームの持ち込みを禁止するルール自体の見直しの可能性も検討していく、といった形です。
出典:illust AC
子どもたち自身が、ルールを決めていく
「工夫しよう」「大人に相談しよう」が合言葉
—子どもたちの声からルールを変えていくというお話もありました。その際は、子どもだけで話し合いをしてルールを決めていくのでしょうか?
そうですね。基本的には子ども同士で話し合い、大人はそのアシストをするという形を取っています。私の担当している拠点では、「工夫して」と「大人に相談して」という言葉を合言葉にしており、不満があるときや揉め事が起きそうなときに、スタッフが子どもに対してその声がけをするようにしています。
いきなりひとっ飛びにルールを変える、というよりは、まずは今のルールのままでも「工夫できることがないか」を考え、それが難しければルールの変更も視野に入れていく、といった形です。このようにみんなで工夫を考えるプロセスを踏むことで、子どもたちの創意工夫する力を育むことを大切にしていきたいと考えています。
最近では、子どもたちが自ら「工夫してこうしたらええやん」「大人に相談しよ!」と声を掛け合い、どうにかしようがないかをみんなで話し合う姿が見られるようになっています。
子どもたちで話し合いをして決めたルールの例としては、拠点で用意するおやつや飲み物について、予算内で何をどれくらい買うか、子どもたち自身で決めてもらったことがあります。子どもたちから「もっとおやつの量を増やしてほしい」「この飲み物を用意してほしい」といった要望が出たことから、話し合いに発展しました。
話し合いのプロセスとしては、まず、なぜおやつや飲み物の量やレパートリーが今の状況なのか、理由を大人側から子どもに説明しました。おやつの予算はいくらで、予算には限りがあるということ、もしかしたら拠点で実施するイベントの予算を一部おやつに移すことができるかもしれないが、それをすると今後のイベントに影響がでる可能性があるということを理解してもらった上で、どうすればその前提の中で、自分たちの要望を叶えることができるかを話し合ってもらいました。
実際の話し合いでは、ホワイトボードを使いながら、何を買うのか、買うものはみんなが食べられるものに限定するのか、買うものを選ぶ人の順番、予算の使い方など、みんなが納得したルールになるように自分たちで決めてもらいました。参加する子どもの学年の幅も、小学校高学年から中学三年生までと広がり、いろいろな学年の子どもが話し合いに加わるようになったのも、印象深い光景でしたね。
出典:illust AC
意思決定の過程に関わることが、自己肯定感を高める
—子どもたちの間に話し合いが生まれる、話し合いに参加するというプロセスを大切にされているのですね。
みんなで話し合って何かを決めていくという意思決定の過程に関わり、自分の意見が反映されたという経験は、その子の自己肯定感を高め、責任感を養ってくれると考えています。他者とのやりとりを通して自分の言葉に反応をもらうことは自分の存在の認識へと繋がり、それは自己肯定の第一歩です。そして、自分の存在を認識することは、自分の言動への責任感へも繋がります。
今出てきた「責任感」とは、「ルールを決めたからには、絶対に守らなければならない」と思ってしまうような、自分の首を絞めるような苦しいものではありません。もし不都合なことが起きても、またみんなと話し合えば変えられることを知っているからこそ生まれる、前向きで健全な責任感を養ってもらいたいと思っています。
また、私は、より良い場所になるようみんなで対話をして答えを見つけていく経験を積むことが、子どもたちの権利擁護に繋がると考えています。居場所では、権利擁護に繋がるような体験をたくさん積んでもらいたいと思っています。権利擁護に繋がる体験とは、まずは自分自身に何の権利があるのか、どのようなニーズがあるのか自覚し、他者にも権利とニーズがあることを知る体験となること。そして、ひとりの人として、主体として、意見を自由に表現する権利があることを認識し実感できる体験となること。最後に、自分も他者も意見が大切にされる体験となることと考えています。これら3つのポイントをおさえた体験を、これからも子どもたちに届けていきたいと思います。
まとめ
今回は、多田さんに、居場所のルールづくりに関する考え方について伺いました。ポイントを以下にまとめます。
- ルールは同じ拠点で過ごす全員の、心と身体の安心・安全を守るためにある。
- ルールづくりに置いては、「誰の」「何のニーズに応えるための」ルールなのかを明確にし、不必要なルールで子どもたちを縛ることはしない。
- 拠点に居る子どもたちが自分たち自身でルールを決めていくことは、子どもたちの自己肯定感と責任感を養うことに繋がる。
- さらに、その過程は子どもたちの権利擁護に繋がるものであり、居場所拠点ではそのような経験を子どもたちに積んでもらうことを大切にしている。
後編では、子どもたち同士の話し合いをどのようにサポートしていくのか、ルールを破ってしまった子どもへの対応などについてお話いただきます。
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※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません
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