【前編】トラウマインフォームドケアとは?ー子どもの「トラウマ」を理解し、寄り添うために

自然災害や虐待など何かしらの危機を経験した子どもたちは、心に傷が残ることが明らかになっています。心身の安全が脅かされる体験は「トラウマ」と呼ばれ、子どもの心理や行動にさまざまな影響を及ぼすことが知られています。しかし、大人が子どものある言動がトラウマに起因していることに気付かずに接してしまい、結果として子どもを二次的に傷つけてしまうことは少なくないのではないでしょうか。

そのため、「トラウマインフォームドケア」と呼ばれる、「全ての人にトラウマ的経験があるかもしれない」ことを前提とした心理支援は居場所等子どもの支援現場において非常に重要です。

そこで今回は、東北医科薬科大学病院精神科病院准教授で精神科医の福地成氏にお話を伺いました。福地氏は、小児科医として地域精神保健や児童精神科病棟の運営に従事した経験があり、東日本大震災が起きた後は震災によるトラウマのケアにも取り組んでいます。

前編では、トラウマやトラウマインフォームドケアの基本について教えていただきます。

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プロフィール:福地 成(ふくち なる)氏

医学博士、精神科医。専門は児童精神医学、災害精神保健、公衆衛生学。東北医科薬科大学病院精神科病院准教授(東北医科薬科大学医学部精神科学教室講師)、公益社団法人宮城県精神保健福祉協会みやぎ心のケアセンターセンター長。

1975年生まれ、東京都板橋区出身。青森と北海道にて小児科医として勤務。主に地域の乳幼児健診、子どもの発達障害臨床に従事した。その後、宮城県にて精神科医として精神科救急、地域精神保健に従事した。東北大学大学院では公衆衛生学教室にて、自殺の疫学・予防の研究に従事した。2008年からは宮城県で初めての児童精神科病棟の運営に東北福祉大学せんだんホスピタルで取り組んだ。2011年12月より、震災復興に特化した「みやぎ心のケアセンター」に勤務し、宮城県を中心に被災地の訪問、各種の普及啓発活動、地域支援者へのスーパーバイズなどに取り組んだ。被災地に暮らす子どもたちの長期的な健康調査(みちのくこどもコホート http://www.miccageje.org/)に取り組んでいる。2021年4月より現職。

トラウマとは?

—まず、トラウマとはどのような意味なのでしょうか。

医学的には、トラウマとは「対処能力を圧倒するような、強い恐怖、無力感、または恐怖を伴う出来事や経験」と定義されています。けれども、実際に現場で傷ついた経験のある人と接するときは「その人がどう感じたか」がとても大事になります。したがって、広義には「とても危機的に感じた体験をする、見聞きすること」がトラウマだと考えています。

—日本では、どの程度の割合の子どもがトラウマを抱えていると推測されているのでしょうか。

調査や研究は行われていないので実際の値はわかりませんが、私の外来に通っている子どもは、半分以上が何らかの傷ついた体験があると感じています。現在は震災関連の体験で病院にがる子どもはほとんどいないため、発達の特性や養育環境の課題、うつ・不安など、一般的なメンタルヘルスの課題を相談しに来てくれる子どもが多いです。

トラウマインフォームドケアとは?

—次に、トラウマインフォームドケアとは何でしょうか。

支援者がトラウマについての知識や対応方法を身につけ、普段支援している人に対して「トラウマがあるかもしれない」という観点を持って支援を行う枠組みのことです。それゆえ、支援者はトラウマの理解や、トラウマを持つ人がどのような反応をするかを知っておくことが大切です。ケアを行う際は支援する人に寄り添い、その人の「問題行動(のように映る行動)」には何らかの背景があると考えることがポイントです。

とりわけ、子どもの分野では、子どもたちの行動を「大人の注意を引きたくて行っている」と理解してしまう事例が非常に多くあります。そうではなく、子どもの過去の経験やそれによるトラウマが背景にある可能性を認識することがケアの第一歩です。

また、トラウマインフォームドケアは「再トラウマ化」の防止という点からも重要です。再トラウマ化とは、支援者の行動が子どものトラウマとなっている「嫌な経験」の繰り返しとなってしまい、さらに子どもが傷つくことです。子どもがさらなるトラウマを抱え、悪循環に陥らないためにも、トラウマが背景にある可能性に気を配る必要があります。

心理的支援における子ども支援従事者の役割

—福地先生は、居場所づくりなどを行う子ども支援者は、子どもたちの心理的支援においてどのような役割を果たすことができるとお考えですか。

医療で行う治療は、あくまでも子どもたちがケガをしている場所に手当をしているに過ぎません。子どもたちが生活する場はクリニックや病院ではないので、地域の方々はその生活の基盤づくりをしていると考えます。他の誰にも担えないような大事なところを行っていると思うので、子どもたちの日常における安心・安全感を作ることに徹していただくのが良いのかなと感じます。

下の図は、心理的支援の階層性を表しています。私たち医者は、ピラミッドの1段目の専門治療を行っています。けれども、東日本大震災のときは2段目や3段目をきちんと安定させないと、1段目に従事してもあまり効果が見込めないと考えられました。そのため、2〜3段目に取り組んでから、近年になってようやく1段目の専門治療を行うようになりました。

子ども支援においても基本的には同じ構図で、子ども支援を行っている方々に2〜3段目をきちんと担っていただくことで、私たちの行う治療もより効果が発揮できると考えています。

画像:福地先生のスライドを元にLFA作成(イラスト出展:いらすとや

—子ども支援の従事者は、ピラミッドの土台を安定させているのですね。ところで先生は、どのように取り組む階層を判断されているのでしょうか。

地域の社会資源を見て判断しています。全てのことを行うのは無理なので、他の方々の取り組みの情勢を見て、自分自身はどこに貢献できるかを考えています。

心理的支援の階層性に似た考えとして、公衆衛生学では「ハイリスクアプローチ」と「ポピュレーションアプローチ」という2つのアプローチがあります。ハイリスクアプローチはリスクが高い人に対して集中的に資源を投入して治療をすること、ポピュレーションアプローチはある集団に対して全体的にまんべんなくケアを行うことを意味します。

子どもの支援に置き換えて考えると、例えばハイリスクアプローチはアウトリーチをしてリスクの高い子どもを集中的に支援すること、ポピュレーションアプローチはより広く居場所づくりを行うことが挙げられます。もしも、同じ地域にどちらかを行っている団体がいたら、私自身はもう一つのアプローチに徹底して、もう一方は任せるという考えですね。特に、自然災害を経験したり歴史的に貧困率が高かったりするなど、集団全体がトラウマを抱えている場合は、ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチのバランスが重要だと思います。

画像:福地先生のスライドを元にLFA作成(イラスト出展:いらすとや

Fight・Flight・Freeze〜トラウマを経験した子どもが示す3つの行動〜

—それでは、トラウマを経験した子どもに見られる行動を教えていただけますか。

基本的に、子どもはトラウマが生じた出来事と似たシチュエーションになると、「嫌な体験」が思い出されて、守られている感覚がなくなり、とても傷ついた気持ちになります。そして、その気持ちを何とか取り除くために、さまざまな行動を取ります

具体的には、以下の「3つのF」と呼ばれる反射的な反応が見られます。

1. たたかう Fight

多くの場合、背景には暴力的な加害の体験があります。似たような場面になると、その経験が思い出されるため、神経が昂って些細な出来事に対しても過剰に反応します。

そして、嫌な気持ちを取り除くために、いわば「先手必勝」のような考え方となってしまい、その場面で対面している人やものに攻撃的になります。他にも、衝動的に行動する場面も見られるので、周りからは「暴力的・困った子だ」とトラウマを理解されないこともあります。居場所などの公共の場に来ることができる子どもは、ある程度エネルギーが高いので、一番多く見られる反応だと思います。

2. 逃げる Flight

子どもたちは、いつでも逃げられるように常に警戒しているため、全体的にオドオド・ビクビクしていて、遠慮がちな姿が見られます。大人の顔色を伺ったり、落ち着きがなかったりするときもあります。

3. かたまる Freeze

単発のトラウマで固まってしまう子どもはほとんどおらず、積み重なるトラウマによって生じる反応です。厳しい虐待を受けている子どもにも多く見られます

暴力に晒され、助けてくれる人がいない環境では、辛い体験に耐え続けなければいけません私たちも長時間怒られると後半は別のことを考えているように、子どもも意識を分離させて自分を守ろうとします。そのため、日常においても意識が乖離してしまい、話しかけても応答がなくぼーっとしていたり、逆に目つきが変わってすぐ怒ったり、急に走り出したりしてしまいます。

おそらく、最も発見しにくく、かつ深刻度が高いのは「かたまる Freeze」なので、見落とさないように気をつけなければなりません。

—ちなみに、災害のような一過性のトラウマと、虐待のように長期にわたるトラウマの影響は異なるのでしょうか。

長期的なトラウマは、同じような出来事が繰り返されて子どもにそのイメージが刷り込まれるため、人間関係を作るときの態度に大きく影響を及ぼします具体的には、新しい人に出会った場合、その人が自身を攻撃した大人に重なってしまうため、「この人は信用できるのか?」と疑ってしまいます。支援する立場からすると、信頼関係の形成が難しいと感じることも多いですね。

まとめ

今回は、福地さんに、トラウマとトラウマインフォームドケアについて伺いました。ポイントを以下にまとめます。

  • トラウマとは、医学的には「通常の人間の対処能力を圧倒するような、強い恐怖、無力感、または恐怖を伴う出来事や経験」を意味するが、現場では「その人がどう感じたか」が重要であるため、「とても危機的に感じた体験をする、見聞きすること」だと考えられる。
  • トラウマインフォームドケアとは、支援者がトラウマの知識や対応方法を身につけ、普段支援している人に対して「トラウマがあるかもしれない」という観点を持って対応する支援の枠組みである。支援する人が持っている「問題行動(のように映る行動)」には、何らかの背景があると考えることが重要である。
  • トラウマを経験した子どもは、「たたかう Fight」「逃げる Flight」「かたまる Freeze」の行動が見られる。公共の場に来られる子どもは、「たたかう Fight」の反応が多い。
  • 長期的なトラウマは、イメージが刷り込まれるため、人間関係の形成に大きく影響を及ぼす。

後編では、トラウマインフォームドケアの実践例やコミュニティへの支援についてお聞きします。

※本記事の内容は専門家個人の見解であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません

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