2023年12月19日に、子どもに向き合う全国各地の支援者が学び/知見/意見をシェアするオンラインイベント「こども支援ナビMeetup」の第19回が開催されました。
今回は、一般社団法人子どもの声からはじめようの代表理事であり、こども家庭庁参与でもある川瀬信一氏をお迎えし、「心の声を聴くこどもアドボカシー」をテーマに、川瀬様の知見やお考えをお話いただきました。
イベントレポート第1回では、子どもが声を上げることの困難さや子どもの声を尊重し、権利を守るとはどういうことかについてご紹介します。
プロフィール:
一般社団法人子どもの声からはじめよう代表理事こども家庭庁参与
川瀬信一氏
子ども時代に里親家庭、児童自立支援施設、児童養護施設で育つ。厚生労働省「子どもの権利擁護に関するワーキングチーム」、内閣官房「こども政策の推進に係る有識者会議」等に参画。元公立中学校教諭(児童自立支援施設に勤務)
なぜ子どもが声を上げることは難しいのか
こんにちは、一般社団法人子どもの声からはじめようの川瀬です。
現在は子どもアドボカシーの取り組みとして、一人ひとりのお子さんに会って話を聞いたり、国や自治体に対して政策提言をしたりする活動を主に行っています。
本日は、子どもアドボカシーのお話を通して、「こどもの『ために』から、こどもと『ともに』」進めていくことについて皆さんと一緒に考えていきたいと思っております。
川瀬様の生い立ちについて
私は、子ども時代に里親家庭や児童養護施設で育った経験があります。
小学校卒業後に里親家庭での生活が始まったのですが、里親とうまく生活することができず、里親家庭での生活は4ヶ月で終了しました。
こういったケースは一般的に「里親不調」という失敗ケースに該当します。しかし、私は里親家庭から児童相談所に戻ってきたとき、「なんでうまくいかなかったんだろう?」と、里親家庭での経験を建設的に振り返ることができました。
児童相談所の職員の方が「里親さんがいい?それとも施設がいい?」と自分の思いを丁寧に聞いてくれたことや、周りの大人がその思いを受けて一生懸命動いてくれたことが私にしっかり伝わっていたために、里親家庭での失敗を自分で引き受けることができたのです。
もしこれが、私の話も聞かないまま「施設(里親家庭)に行きなさい」と一方的に決められていたら、行った先でうまくいかなかったことを大人のせいにしていたでしょう。
この「大人が自分の話や思いをしっかり聞いてくれた」という経験は、今の私が自分の人生を自分で決められるようになった大きな要因の一つだと感じています。
子どもの声が受け止められないことによって起こった事件
しかし、私と同じように虐待で保護されながらも、子どもの尊い命が失われてしまう事案が後を絶ちません。
例えば、父親からの虐待を訴えたにも関わらず家に連れ戻されて亡くなってしまった2019年の野田小4女児虐待事件や、母親との面会や電話を繰り返し希望したにも関わらずそれが叶わず、自ら命を絶った2020年の広島保護児童自死事案などがあります。
画像引用元:一般社団法人 子どもの声からはじめよう
私は、この2つの事案には「子どもが必死の思いで上げたSOSの声が、きちんと大人に受け止められなかった」という共通点があると思っています。
なぜ声を上げることは難しいのか
相次ぐ虐待死事件を受けて、厚生労働省は子どもの権利擁護に関するワーキングチームを立ち上げました。私もそこに参画し、全国の施設や里親家庭で生活している子どもの元を訪れて、「子どもが声を上げる」ことについて対話を重ねてきました。
そのなかで、以下のような声を子どもから聞くことができました。
画像引用元:一般社団法人 子どもの声からはじめよう
このような声を聞けたことで、「子どもの声を求めるときには、親のことや現在の家庭の状況などといった意思決定に必要な情報をきちんと提供することが大事」「子どもは決して声を上げていないわけではなく、声を上げても無視されたり軽んじられたり、かえってひどい目に遭ったりした経験を持つ子どももいる」といったことを子どもたちから教えてもらいました。
また、職員が忙しい様子を見て「迷惑をかけないようにしよう」と意見を言わないでいる子どももいます。
背景には構造的な問題があります。児童相談所が対応した児童虐待相談の件数は、2013年から2022年の10年間で約3倍に増えています。しかし、対応する児童福祉司の増員は追いついていません。
画像引用元:一般社団法人 子どもの声からはじめよう
こうした現状から、子ども一人ひとりの声をきちんと聞き、それに対応していくことが難しくなっています。
子どもの権利を尊重し、守るための法律
子どもが声を上げても受け止められない、声を上げることを諦めてしまっている状況は、子どもの感情や思考が抑圧されている状況です。
家族との関係回復や将来の夢を諦めてしまったり、誰かと一緒にいても自分の困難が理解されない孤立感や孤独感を抱いてしまったり、自分から誰かに助けてと言えなかったりと、声を上げられない経験が子ども時代から何度も繰り返されることで、今後の人生においてさまざまな深刻な影響を及ぼします。
子どもの権利条約
こうした状況に置かれている子どもの権利を守るために「子どもの権利条約」があります。
画像引用元:一般社団法人 子どもの声からはじめよう
子どもの権利条約は主に4つのカテゴリがあります。そのうちの1つである「参加する権利」は、子どもが権利の主体であることを表す重要な権利です。
参加する権利の1つである子どもの権利条約第12条(いわゆる意見表明権)は、一般原則(重要条文)の1つに位置付けられています。
画像引用元:一般社団法人 子どもの声からはじめよう
意見表明権を守ることが他の権利を守ることにもつながる、基盤的な権利の1つです。
児童福祉法
また、国内の法律でも、子どもの権利条約に則った動きがあります。その1つが、2016年に改正された児童福祉法です。
画像引用元:一般社団法人 子どもの声からはじめよう
改正により、第1条に「児童の権利に関する条約(※子どもの権利条約を指す)の精神にのっとり」、第2条に「(子ども)の意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され」という文言が新たに加わりました。
この改正は、大人が「こうした方がいいだろう」と子どものことを一方的に決めるのではなく、「子ども本人の意見を尊重することでその子にとっての最善の利益を見出せすことができる」という考え方に変わったと捉えることができます。
こども基本法
2023年4月に施行されたこども基本法にも、子どもの権利条約の精神と一般原則が盛り込まれています。
画像引用元:一般社団法人 子どもの声からはじめよう
これにより、児童福祉だけではなく、教育や医療、司法など、子どもにまつわるさまざまな領域に共通する理念に子どもの権利が位置づけられたと言えます。
子どもの声を尊重し、権利を守るということ
子どもの権利を守るための法律を紹介したところで、ここでは以下の3つの点について深堀することで子どもの声を尊重することについての理解を深めていきたいと思います。
- 何でもかんでも子どもの言うとおりにすればいいの?
- 意見表明権なら、赤ちゃんや障害のある子どもは関係ないの?
- 権利の主張は義務を果たしてからでは?
大人には受け止めて説明する義務がある
1つ目の「何でもかんでも子どもの言うとおりにすればいいの?」という声についてですが、子どもの声を尊重することは、子どもが言うことは何でも聞かなければならないということではありません。
叶えられない要求を子どもがしてきたときは、まず子どもの話、思いをしっかり聞いた上で、「なぜ実現できないと大人が考えているのか」を子どもに理解してもらえるまで丁寧に伝えます。
子どもが「〇〇したい」と言ってきたときに「ダメなものはダメ!」と一方的に否定するのではなく、「なんで〇〇したいの?」とその背景にある子どもの思いを聞いてあげることが大切です。
子どもの意見表明権を尊重することは、子どもの声を大人が一度しっかり受け止めること、声に対して大人側がしっかり説明していくことだと考えています。
意見表明権はすべての子どもにある
子どもの権利条約第12条の「意見」は、英語の原文では「Opinion(意見)」ではなく「View(見ること)」です。
つまり、「子どもにとってどう見えているか、どう感じているかを大切にしよう」というのが第12条の主旨です。したがって、赤ちゃんや障害のある子どもを含めたすべての子どもに意見表明権があります。
言葉を話さない赤ちゃんでも、表情や身振り手振り、体の変化などによって何かしらのサインを発しています。こうしたサインを見逃さず子どもの声として受け止めていくことが第12条の主旨です。
権利と義務はトレードオフではない
3つ目の「権利の主張は義務を果たしてからでは?」というのもよく言われることですが、義務は国家や政府、社会、大人側にあるものです。
例えば、国家や政府、社会、大人側には教育を受けさせる義務がありますが、子どもにあるのは教育を受ける義務ではなく、教育を受ける権利です。
「何かの義務を果たせば、何かの権利が認められる」という構造では、基本的人権、つまり「すべての人が生まれながらに持っていて決して奪われない権利」ではなくなってしまいます。
ただし、子どもが大人へ成長する過程で、年齢や成熟度にあわせて子どもなりの責任の取り方を一緒に考えることは重要です。こうした機会をもつことで、子どもがより社会と繋がりやすくなり、子どもの諸権利を守ることにもつながります。
まとめ
今回は、一般社団法人子どもの声からはじめよう 代表理事の川瀬さんに、子どもが声を上げることの困難さや子どもの声を尊重し、権利を守るとはどういうことかについて伺いました。ポイントを以下にまとめます。
- 社会的養護を受けている子どもにとって、自分の声が大人にきちんと受け止められた経験はその後の人生においてとても重要。
- しかし、現在の日本では、児童虐待対応件数の増加に児童福祉司の数が追いついておらず、子ども一人ひとりの声を丁寧に聞く環境が整えられていない。
- 子どもの権利条約第12条は意見表明権と呼ばれ、児童福祉法やこども基本法にもその内容が取り入れられている。
第2回は、子どもアドボカシーの6原則と子どもアドボカシーが大切にしている考え方についてご紹介します。
※本記事の内容は専門家個人の見解であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません
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