【後編】映画館を「居場所」と「学びの場」に―うえだ子どもシネマクラブの取り組み―

不登校の子どもが増える中で、学校以外の学習の場や居場所を地域に作ることがより重要になっています。2017年に施行された教育機会確保法においても、教室や家庭以外の「多様な学びの場」の大切さが規定されました。
うえだ子どもシネマクラブ」は、映画館を「居場所」と「学びの場」にして、学校に行きづらい子どもたちが足を運べるようにさまざまな取り組みを行っています。今回は、うえだ子どもシネマクラブ(以下、うえだシネマクラブ)に立ち上げから関わっている直井 恵さんにお話を聞き、取り組みの詳細や「映画館登校」が認められるようになった経緯を教えてくださいました。

後編では、うえだシネマクラブが誕生した背景や連携している機関、そしてうえだシネマクラブへの参加が出席扱いとなった経緯をお聞きしました。

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【前編】映画館を「居場所」と「学びの場」に―うえだ子どもシネマクラブの取り組み―
【前編】映画館を「居場所」と「学びの場」に―うえだ子どもシネマクラブの取り組み―

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プロフィール:直井 恵(なおい めぐみ)氏

 

フィリピンで活動する国際協力NGOや環境系NPOに勤務。出産を機に上田市に戻り、地域で世界の文化と出会うための市民企画を行う。2015年より県内の高校で海外交流アドバイザーを務める。2017年からNPO法人上田映劇の理事となり、うえだ子どもシネマクラブを2020年から始動させる。

うえだシネマクラブの始まり

—うえだシネマクラブは、どのような経緯で始まったのでしょうか。

「映画館にもっと子どもたちが来てもらえたら!」という思いと、こどもたちを取り巻く切実な社会状況が重なって、2020年から取り組みを始めました。

私は、学校に行きづらい子どもたちが学校とは別の場所で楽しく過ごせる選択肢を用意することは、大人の義務であると考えていますそして、学校に行かないことを個人や家庭の問題にするのではなく、地域全体として子どもたちが過ごす場所を選べるようにすることが大切だと思い、事業を始めることにしました。

当時から「子ども食堂」や「子どもの居場所」は話題になっていましたが、新しく施設を作るというより、地域に元々ある場所に「子どもの居場所」の機能を追加し、新たに活用することも心がけていました。事業の持続性などを鑑みて、今後は既存施設の活用が重要になると考えたからです。

—さまざまな施設の中から映画館を選んだ理由はありますか。

まず、「映画館」という場が子どもにとって過ごしやすいと感じたことが挙げられます。映画館は暗闇で上映するので、子どもたちは「個」の空間を保つことができます。同時に、一緒に作品を鑑賞することで「他者」との空間が共有されています。このように、一定の距離感を保ちながらも他者と出会える場であるため、集団が得意ではない子どもたちも滞在しやすいと考えました。

また、「ただの映画を見にきた子ども」になることができるのも魅力だと感じました。うえだシネマクラブに通ってくれる子どもたちは、学校や家庭では「不登校の子ども」と見られがちで、そのレッテルがストレスに感じられることもあると思います。映画館は、子どもたちが肩の荷をおろして「ただの子ども」でいられる場になりやすいと感じました。

さらに、上田映劇は2011年に一度閉館し、地域住民の願いを受けて2017年にNPOとして再始動したという背景もあります。伝統ある映画館が一度閉館したことで、「映画館の役割」を深く考えるようになりました。その際、映画に縁のなかった方々、特に子どもたちに映画文化を届けたいと思うようになり、取り組みがスタートしました。

—映画を上映して居場所を提供すると同時に、うえだシネマクラブでは「映画から学ぶ」ということも重視されています。なぜ映画館を「学びの場」にしようと考えたのですか。

私は、活動を始める当初から「映画館は学びの場になる」と考えていました。

なぜなら映画は、多様な価値観を提示してくれて、たくさんの人の考え方や生き様を追体験させてくれるからです。この経験を通して、子どもたちは世の中に対する好奇心や他者への深い理解を自然と育むことができると思っています。さらに、スクリーンの中で繰り広げられる人々の生き方を見つめることで、「今の自分の人生は、まだ始まったばかりだ」と、自分自身を客観的に見つめ直すきっかけにも繋がります。

もともと、私は開発教育や国際理解教育の仕事に従事していて、そのときから子どもたちが「体験を通して新しいことを学ぶ力」にとても長けていることを実感していました。例えば、海外研修の引率をした際、高校生から「貧困の人々は力がないイメージだったけど、実際は全く違う」「同じ境遇の人が集まって声を挙げれば社会が変わるとわかった」といった、生きた学びを聞くことができました。

知識だけを頭に入れるのではなく、五感をフルに使って世界を知ることで、子どもたちの人生はより豊かに、鮮やかになると考えています。だからこそ、映画を通じて世界を知ることは、子どもたちの心の糧になると思っていて、その思いを大切に活動しています。

たくさんの組織が、それぞれの強みを活かして協力する

—うえだシネマクラブは、多くの組織の連携によって運営されているんですよね。

そうですね。まず、運営としては、作品の上映や館の保存・活用を担う「上田映劇」、若者の自立を支える「侍学園スクオーラ・今人」、中間支援を行う「アイダオ」の3つのNPO法人が協働して始まりました当時、3つの団体の代表が一緒だったため、連携が取りやすく、非常にスピード感を持って走り出すことができました。

現在では「上田映劇」と「アイダオ」が連携して、うえだシネマクラブを運営しています。

—複数の団体が関わる良さを教えてください。

映画館のみでは協力を得られない方々とも繋がりが持てたことだと思います。その代表例として、教育委員会が挙げられます教育委員会の皆さんには、うえだシネマクラブが始まる当初から協力いただいていて、課題感をヒアリングしたり、教育支援センター(注1)を見学させていただいたりしました。今では上映スケジュールを学校にお伝えしてくださったりと、多方面で尽力いただいています。

1つの映画館がアプローチしただけでは、協力を得るのが難しかったかもしれませんが、中間支援NPOが介在したことで、教育関係者とも信頼関係を構築しやすかったと感じています。

(注1)教育支援センターとは、学校へ行きにくくなっていたり、行けない状態が続いたりしている市内小・中学生のための施設で、基本的生活習慣の改善、情緒の安定、集団生活への適応、学習等の相談・指導を行い、児童生徒の社会的自立に向けて、個々の実態に応じた支援を行っている。(出典:長野市教育支援センター(旧:中間教室)のご案内

—他にも協働している機関はありますか。

はい。例えば、立ち上げ当初はニートやひきこもりなどの困難を抱える子どもや若者を支援する「長野県東信子ども・若者サポートネット」は、学校や社会に復帰する前に、うえだシネマクラブを紹介してくださることもあります。

また、長野県動物愛護センター「ハローアニマル」は、学校に行きづらい子どもたちのサポートも行っていて、その繋がりから学校関係者や行政の不登校支援担当の方をご紹介いただきました。皆さんの下支えがあり、取り組みの協力の輪を広げ、たくさんの子どもたちに出会えたと感じています。

他にも、地域のNPOや小劇場など、さまざまな組織が協働しています。子どもたちにとっても、各団体の顔馴染みのスタッフがうえだシネマクラブと繋がりを持つことで、こちらを訪れるハードルが低くなっていると思います。

うえだシネマクラブと協働している機関(画像:うえだシネマクラブ

「映画館登校」が出席扱いに

—市町村によっては、うえだ子どもクラブでの活動が学校の「出席扱い」になるとお聞きしました。「映画館登校」が出席として認められるようになった成り行きを教えてください。

取り組みを始めた当初から、私たちはうえだ子どもクラブの活動は「出席扱い」として認められるのではないかと考えていました。というのも、2017年に施行された「教育機会確保法(注2)」の条文を読む限り、うえだシネマクラブは「多様な学びの場」に当てはまると考えていたからです。

そのため、事業を始める準備段階から関係者の皆さんと話し合っておりました。しかし、「多様な学びの場」として認めていただくには、想像以上にいろいろなハードルがありました。一番大変だったのは、現場の先生方や教育委員会など、立場によって考え方がさまざまであることです。

例えば、県の教育委員会と市町村の教育委員会の考えに差がありますし、各市町村によっても考え方はそれぞれです。1つの市町村の中でも、所属によって意見が分かれるケースもありました。結果として、誰かが賛同してくれても別の誰かが難色を示し、出席扱いが認められない日々が続きました。

別の都道府県で不登校に関する活動をされている方とお話しした際には、「この団体の活動に参加することを登校扱いにすると、みんな学校に来なくなってしまうので、登校扱いはダメと教育委員会に言われました」と教えてくださいました。そのような考え方になってしまうのか、と驚いたこともあります。

(注2)教育機会確保法とは、不登校の子どもに対する支援や夜間中学における就学の機会の提供を規定し、学校以外の場所で行う学習活動の重要性を示している法律である。(出典:文部科学省「教育機会確保法リーフレット」

—理解を得ることに苦戦する日々が続いていたのですね。そうした状況の中、「出席扱い」が認められる決め手になったことはありますか。

教育委員会や学校の先生方に、映画館登校を認めていただけるように粘り強く働きかけたことがだと思います。特に大事なのは、「子どもや保護者が出席扱いを希望している」とお伝えすることだと感じました。要望を繰り返し丁寧に届けることで、支援会議などで理解をしてくださる先生が増えたと考えます。

また、現場の先生方は日々の業務で忙しく、必ずしも法律に精通しているわけではありません。ですので、教育機会確保法を実際にお見せして、「校長先生の権限で出席扱いを認めることができる」という根拠を示して、直談判することもありました。

今では、上田市の周りの市町村では出席扱いが認められていて、2022年度には5名の参加が出席として認められました。周辺市町村の動きを受け、上田市では2023年から出席扱いを判断するためのガイドラインが策定されました。「多様な学びの場」への参加が出席扱いとなるための大きな一歩だと考えています。

—他にも、効果的だった活動はありますか。

映画館という、居場所としては特殊な場所で運営しているということもあり、映画関係者やメディアの方が宣伝してくださったのが非常に大きいと考えています。いろいろな俳優や映画監督さんがSNSで宣伝をしてくれたり、宣伝配給の方が積極的にニュースに出してくれたりしました。

また、地元の新聞記者もうえだシネマクラブの動向を追ってくれていて、日々映画館を訪れて子どもたちに接してくれていました。そのため、初めて自治体での登校扱いが決まった際に、こどもの日の特集として「映画館登校」を1面で大きく取り上げてくれて、注目を集めました。


新聞記事の一面に取り上げられた「映画館登校」(画像:うえだシネマクラブ

メディアなどを通じて取り組みが広く知られた結果、不登校に対する世間のイメージや考え方が大きく変わり、それが人々の心を動かしたのだと思います。こうした世論の変化が、教育委員会や先生方の姿勢にも影響を与えたのかもしれません。

さらに、映画というとエンタメの印象が強く、「なぜ興行施設が子どもの居場所になるんだ」という考えを持つ先生もたくさんいると思います。そのため、上田映劇で取り扱う作品が教材になり、学びに繋がっているというメッセージを発信し続けることも重要だと考えています。

まとめ

今回は、うえだシネマクラブに立ち上げから関わる直井さんに、うえだシネマクラブが誕生した背景やうえだシネマクラブへの参加が出席扱いとなった経緯について伺いました。ポイントを以下にまとめます。

  • 地域全体として不登校の子どもを支えるために、地域に元々ある施設に「子どもの居場所」という機能を付け加え、映画館を「居場所」と「学びの場」にした。
  • 教育業界から信頼のある団体をはじめ、さまざまな組織が連携することで、教育関係者などとも連携できるようになった。
  • うえだシネマクラブの活動への参加が出席扱いとなるよう、いろいろな自治体や学校に働きかけた。「子どもや保護者の生の声」を届けることが効果的。
  • さまざまな映画関係者やメディアの方がうえだシネマクラブの取り組みを紹介したことで、理解も得られやすかったと感じている。

※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません

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