【連載第1回】“支援する/される”を固定しないアウトリーチ――全国こども福祉センターが考える、当事者同士のつながりと関係づくり (こども支援ナビ Meetup vol.32)

投稿日:2026/10/21 (更新日:2026/10/21)

2026年7月28日に、子どもに向き合う全国各地の支援者が学び/知見/意見をシェアするオンラインイベント「こども支援ナビMeetup」の第32回が開催されました。

今回は、特定非営利活動法人 全国こども福祉センター(以下、全国こども福祉センター)設立者であり、理事長の荒井 和樹氏をお迎えし、「“支援する/される”を固定しないアウトリーチ―全国こども福祉センターが考える、当事者同士のつながりと関係づくり―」というテーマで、公的な支援に繋がりにくい子ども・若者とどのようにつながり、本人の声を生かした支援をつくっていくのかについてお話しいただきました。

イベントレポート第1回では、荒井氏が全国こども福祉センターを立ち上げた経緯やそのきっかけとなった問題意識をお伝えします。

プロフィール:荒井 和樹 氏
全国こども福祉センター 設立者・理事長/愛知文教女子短期大学 准教授

北海道苫前郡出身。児童養護施設での実務経験を起点に、公的支援につながりにくい子ども・若者と、公共空間で出会い直す実践を継続してきた。相手を「要支援者」としてではなく、「仲間」として迎える非援助的アプローチを探究し、参加者自身が運営や意思決定に関わる〈共同体自治〉の実践を展開する。
2012年に全国こども福祉センターを設立。都市空間での直接接触型アウトリーチを15年以上継続し、延べ2万8千人に参加と交流の機会をひらく。
著書に『子ども・若者が創るアウトリーチ』(2019年)、『能力社会から共同体自治へ』(2025年、せせらぎ出版)。2023年に「未来をつくる こどもまんなかアワード」内閣総理大臣表彰、2026年に愛知県精神保健福祉協会長奨励賞を受賞。

アウトリーチを広く捉える

皆さん、こんばんは。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

今回のテーマは、「“支援する/される”を固定しないアウトリーチ」です。少し専門的な言葉も含まれていますが、実践をご紹介しながらお話しします。

アウトリーチは、日本では主に「訪問支援」という意味で広く使われています。一方で、直訳すると「外に手を伸ばす」を意味します。福祉に限らずさまざまな分野で用いられていて、例えば芸術分野では、支援を一方的に届けるというよりも、相手の良いところを取り入れたり一緒に演奏したりするなど、「協奏」の意味もあります。

今回は、アウトリーチを「訪問支援」に限らず、もう少し広い意味で捉えていただくことで、より理解していただきやすくなるのではないかと思います。

実践につながる原体験

まず初めに、私の地元を少しご紹介します。私は、北海道の羽幌町(はぼろちょう)という、北海道の北部にある町で生まれました。稚内から2時間ほど南に下ったところにあります。

人口約6000人と比較的多い町ですが、隣町では3000人を切っていて、小さな町村が多い地域です。町を歩いている人も少なく、路上で誰かと会話をしたり、交流したりする機会もほとんどありません。学校に行かなければ同級生とも会えず、お店も夕方には閉まってしまいます。そのような環境で「もっと人と交流できる場所があればいいのに」という思いを持って愛知県に出てきました。

また、私自身の家族についても少しお話しします。父には障害があり、母は亡くなってしまったので、周囲から気を遣われることもありました。

さらに、北方領土の問題でロシアに対する差別や偏見が身近にあったり、優生手術(注1)の件数が国内で一番多かったり、さまざまな差別を感じることもありました。

このように、自分や家族への周囲の目をはじめ、暮らしていた地域の中にさまざまな差別や偏見が存在することを感じながら育ってきました。

(注1)優生手術とは、優生保護法に基づき、遺伝性疾患やハンセン病、知的障害や精神障害があるとされる人々などを対象に行う、人工妊娠中絶や生殖を不能にする手術のこと。(出典:北海道弁護士会連合会、コトバンク)

支援を拒む子どもたちと新しい福祉をつくる

その後、私は愛知県の児童養護施設で働き始めました。

そこで出会ったのは、「施設は窮屈だ」「児童相談所や一時保護所はルールが多くてしんどい」「監獄みたい」と、福祉施設を「嫌だ」と感じる子どもたちでした。福祉を学び、福祉施設で働く自分にとっては、支援のためにつくられた場所を嫌だと感じている人たちがいることは、とても衝撃的でした。

虐待などによって家庭で暮らすことが難しくなった子どもたちは、児童養護施設をはじめとする地域のさまざまな支援に繋がっていきます。しかし、その支援も「嫌だ」と感じているとしたら、家庭にも地域の支援にも居場所を見つけられないことになります。そうした現実を目の当たりにして、「何とかできないだろうか」と考えるようになりました。

そこで考えたのが、既存の支援を拒むような人たちと一緒に、新しい共同体をつくることです。今ある仕組みを前提にするのではなく、支援を必要としている子どもや若者自身と一緒に、必要なサービスや場所をつくったらどうなるのだろう、ということに関心を持つようになりました。

当時、私自身も20代で、子どもたちと年齢が近かったこともあり、彼らの思いをより身近に感じていました。そして、本人が嫌がっている場所に連れていけば、関係性が切れてしまうこともあると思いました。だからこそ、「福祉とはこういうもの」と決めてしまうのではなく、もっと自由な発想で、自分たちで新しいものをつくり出すことも福祉の一つなのではないかと考えました。

これは、先ほどお話ししたアウトリーチの考え方にもつながっています。アウトリーチのあり方を実践の中で更新していくように、支援や福祉のあり方も、支援を受ける人たちと一緒につくっていけると考えました。そして、子どもや若者と試行錯誤を重ねていったことが、現在の「全国こども福祉センター」の活動になりました。


画像:Loose Drawing

児童養護施設で感じた「支援」の難しさ

ここで児童養護施設で実際に経験したことを少しお話ししたいと思います。

1. 支援が負担になってしまう

児童養護施設はテレビなどで紹介されることも多く、比較的認知度の高い施設です。そのため、企業やNPOなどから多くの支援が集まります。もちろん、とてもありがたいことなのですが、ときには支援が余ってしまうこともあります。

例えば、食品は食べきれないまま賞味期限を迎えてしまったり、物品は希望する子どもたちに配っても余ってしまったりすることがあります。その際、余ったものは子ども同士の力関係の中で、弱い立場の子どもに押し付けられてしまうこともありました。

プロスポーツチームによる試合観戦への招待もその一つです。愛知県にはプロ野球やサッカーのチームがあり、施設の子どもたちを試合に招待してくださることがあります。しかし、すべての子どもが野球やサッカーを好きなわけではなく、アルバイトを休んだり、貴重な休日を使ったりしてまで参加したくないという子どももいます。

それでも毎年プロチームや企業の善意で招待を頂きます。施設としてはありがたく受け取るのですが、いざ子どもたちに声をかけると、誰も行きたがらないこともあります。すると、最終的には年上の子どもから年下の子どもへ、参加を押し付けられてしまうこともありました。こうした施設内での出来事は、職員の間で対応するため、なかなか外からは見えません。

さらに、支援を受け取ると「お礼」の問題も生まれます。本当は行きたくなかった行事に参加した子どもが、支援してくださった方へのお礼状を書かなければなりません。職員としても、子どもに無理にお礼状を書かせることには葛藤がありました。

これは、市民活動などにも共通するところがあると思います。助成金を受ければ報告書を書き、寄付を受ければ受領書やお礼状を送るなど、何かを受け取れば、それに応えることが求められます。それ自体は必要なことですが、支援を受けることで新たな負担が生まれたり、お礼ができなければ「借り」をつくってしまったように感じたりすることもあります。

また、ある場所に支援が余るほど集まる一方で、本当に必要としている人には届いていないこともあります。せっかくの支援だからこそ、必要とする人に届かなければもったいないと感じてしまいますよね。


画像:全国こども福祉センター

2. 子どもにとっての「施設のルール」

児童養護施設には「なぜこのルールがあるのだろう」と感じるような決まりがたくさんあります。決して昔だけの話ではなく、現在も実習巡回でさまざまな児童養護施設を訪れる中で、耳にすることがあります。

例えば、子どもが登校を強く求められることです。背景には、子どもたちが学校に行っている時間に職員が休憩を取れるよう勤務体制が組まれているなど、施設側の事情もあります。また、「施設を出たあとに一人で生活していくためには、学校に行くべきだ」という考え方もありました。

施設で働く職員の多くが大学や短期大学を卒業していることもあり、当時は「学校に行かない」という選択肢を受け入れにくい雰囲気もあったように思います。現在は、不登校に対する考え方も変わり、通信制高校をはじめ、進学先の選択肢も広がっています。

ほかにも、施設内には多くの監視カメラが設置されていました。職員による不適切な関わりを防いだり、子どもの無断外出を把握したりするなど、安全を守るための理由があります。ただ、生活する空間を常にカメラで見られていることに、私は「自分だったら嫌だな」と違和感を覚えていました。

買い物や外出にも職員の許可が必要で、スマートフォンやお金、通帳などを職員が管理することもあります。また、性被害などを防ぐため、男女の生活スペースを分けるだけでなく、男女で話すことや交際・恋愛を禁止している施設もありました。

自転車に乗るために試験を設けている施設もあります。過去に事故があったことを踏まえ、安全のためにつくられたルールです。

このように、一つひとつのルールには理由があり、職員も決して悪意を持って決めているわけではありません。ただ、支援する側には必要性があるルールでも、そこで暮らす子どもたちにとっては、理不尽に感じられることがあります。

実際に施設を出た若者と話していると、「こんなルールがあった」と笑い話になることもあります。その話を聞く中で、子どもはルールに納得していたわけではなく、疑問や違和感を抱えながら生活していたことが見えてきました。

施設の良い面のみならず課題も伝えていく

もちろん、すべての施設がこうした状況にあるわけではありません。

私が問題だと感じているのは、施設で暮らす子どもたちの不満や怒りの声が、支援者を養成する段階で十分に共有されていないことです。

現在、私は大学で働いていますが、福祉の教科書を読んでいると、施設の良い面ばかりが紹介されていると感じます。「施設で温かいご飯を食べられるようになった」「施設で暮らせて良かった」といった肯定的な声が紹介されますが、施設で暮らす中で感じる不満や課題は、なかなか見えてきません。

例えば、インターネットの口コミであれば、高い評価も低い評価もあります。薬について説明するときも、効能だけでなく副作用も伝えたうえで、使用するかどうかを判断しますよね。同じように、福祉施設についても、良い面だけでなく、そこで生じる課題も伝える必要があるのではないでしょうか。そうした情報を十分に知らないまま支援者になったり、施設を利用したりすることで、実際とのギャップに傷つくこともあると思うからです。

もちろん、私は施設そのものが悪い場所だとは思っていません。衣食住が保障されるだけでも、生活の質は大きく変わりますし、「自分も高校生の頃に利用したかった」と思うこともあります。だからこそ、良い面だけではなく、課題も含めて施設の実態を知ることが大切だと考えています。

まとめ

今回は、荒井さんに、既存の支援に対する問題意識や児童養護施設でのご経験について伺いました。ポイントを以下にまとめます。

  • 「児童相談所や一時保護所はルールが多くて嫌だ」という子どもとの出会いをきっかけに、家庭にも地域の支援にも居場所を見つけられない子どもたちと、新たな福祉のあり方を模索してきた。
  • 児童養護施設で、寄付された物品や食べ物が余って立場の弱い子どもに押し付けられることや、細かなルールが多く設けられていることに疑問を感じてきた。
  • 児童養護施設に対する子どもたちの不満が、支援者の養成段階まで届いていないことが大きな課題だと考えている。施設の良い面だけでなく、課題も伝えていくことが重要である。

次回は、支援を利用したくないと感じる理由や背景、そして若者にとって「最善」の選択肢を選ぶ難しさについて考えます。

※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません

この記事は役に立ちましたか?