【後編】トラウマインフォームドケアとは?ー子どもの「トラウマ」を理解し、寄り添うために

「全ての人にトラウマ的経験があるかもしれない」ことを前提とした心理支援、「トラウマインフォームドケア」。前編に引き続き、東北医科薬科大学病院精神科 病院准教授で精神科医の福地成氏にお話を伺います。

今回は、「子どもがトラウマに由来する行動を取っているかも?」と感じたときの対応方法やトラウマからの回復のために大切なことについてお聞きしました。

前編はこちら:

【前編】トラウマインフォームドケアとは?ー子どもの「トラウマ」を理解し、寄り添うために
【前編】トラウマインフォームドケアとは?ー子どもの「トラウマ」を理解し、寄り添うために

関連記事はこちら:

【第2回】上間陽子さんと共に考える~困難を抱える子どもたちと寄り添い合うには~(こども支援ナビ Meetup vol.14)
【第2回】上間陽子さんと共に考える~困難を抱える子どもたちと寄り添い合うには~(こども支援ナビ Meetup vol.14)
【前編】外国ルーツの子どもたちと地域をつなぐーNPO法人アイキャンの事例ー
【前編】外国ルーツの子どもたちと地域をつなぐーNPO法人アイキャンの事例ー

プロフィール:福地 成(ふくち なる)氏

医学博士、精神科医。専門は児童精神医学、災害精神保健、公衆衛生学。東北医科薬科大学病院精神科病院准教授(東北医科薬科大学医学部精神科学教室講師)、公益社団法人宮城県精神保健福祉協会みやぎ心のケアセンターセンター長。

1975年生まれ、東京都板橋区出身。青森と北海道にて小児科医として勤務。主に地域の乳幼児健診、子どもの発達障害臨床に従事した。その後、宮城県にて精神科医として精神科救急、地域精神保健に従事した。東北大学大学院では公衆衛生学教室にて、自殺の疫学・予防の研究に従事した。2008年からは宮城県で初めての児童精神科病棟の運営に東北福祉大学せんだんホスピタルで取り組んだ。2011年12月より、震災復興に特化した「みやぎ心のケアセンター」に勤務し、宮城県を中心に被災地の訪問、各種の普及啓発活動、地域支援者へのスーパーバイズなどに取り組んだ。被災地に暮らす子どもたちの長期的な健康調査(みちのくこどもコホート http://www.miccageje.org/)に取り組んでいる。2021年4月より現職。

出来事に他の展開があることを伝え、子どもにも別の反応を促す〜トラウマに由来する行動をしているときの対応〜

—ここからは、「子どもの『問題行動』の背景にトラウマがあるかも」と思った際の対応方法についてお聞きしたいと思います。まず、どの行動に対しても意識しておく点はありますか。

どのトラウマについても、同じような出来事が繰り返され、子どもも「あの場面と同じだ」と思うことから、態度や立場が再現されます場合によっては、子どもたちの「嫌な経験」が繰り返され、さらに子どもが傷つくという「再トラウマ化」が起きかねません

そのため、まずは繰り返しを断ち、他の場面展開が起きることを示すことが大切です。子どもの中にある刷り込みを解くことで、子どもも別の反応を取って良いと少しずつ認識できるようになります。

1. 「たたかう Fight」を示す子どもへの対応:再トラウマ化に気をつけながら、別の感情の表現方法を伝える

ーまず、「たたかう Fight」にはどのように対応するのが良いのでしょうか。

子どもが「たたかう」姿勢を取ると、暴力的になったり衝動的に行動したりするので、大人が子どもを叱るという対応を取ってしまいがちです。しかし、「子どもに怒る」ことは子どもの「嫌な体験」を繰り返しているため、子どもの「再トラウマ化」になりかねません

ただし、怒っている場面を放置していたら、他の子どもに危害が及んだり、他の子どもを傷つけてしまったりするかもしれません。そのため、まずは「怒ってはいけないよ」と警告をし、それでも自分をコントロールできなくなったら、タイムアウトをしてその子を集団から離すのが双方を守るために重要です。

何度も同じような行動が繰り返される場合は、どこかできちんと振り返る機会を作り、「そういえば、いつもこんなパターンでタイムアウトするよね」とフィードバックすると、子どもにとっても「自分はこういう場面が苦手なんだ、こうなっちゃうんだ」という気づきに繋がります。

—支援者が、思わず怒ってしまうこともあると思うのですが、実はそれが逆効果になっているんですね。他にも、支援者がしてはいけない行動はありますか。

子どもの感情が溢れ出ている場合、それをただ無闇に噴出させるのは良くありません。例えば、居場所空間の中で暴力的なことが起こらないよう、「怒りを噴出させる部屋」を用意していて、サンドバックなどを置くことはお勧めできません。それでは溢れ出る感情を「怒り」という形でしか発散できず、よりエスカレートしていく場合があります。怒りが湧いてきたときは、感情をどんどん出していくのが正しいわけではないということを体得してもらう必要があると思います。

一番重要なのは、その子が溢れ出てくる感情をどうコントロールするかを学ぶことではないでしょうか。そのため、全な環境でその感情を表現させて、どう対処するのが良いかを提示していくことが大切だと思います。具体的には、ヨガをしたり、ストレッチをしたり、絵を描いたり、歌ったり。子どもたちに、「別の方法で感情を表現することができるんだ」と認識してもらうことが大事だと考えています。もちろん、周りの子が嫌な気持ちにならないように、配慮を忘れないことも必要です。

これは、例えば震災などのトラウマが生じる出来事を経験した子どもが「地震ごっこ」などの暴力的な遊びをする場合にも通じます。自分が体験した辛い出来事を「ごっこ遊び」を通して再現するというのは、トラウマから回復するプロセスになりうるので、頭ごなしに止める必要はありません。しかし、暴力的な遊びを放置しているだけでは、エスカレートする可能性があります。遊びの中で子どもが感情のコントロールを身につけられるよう、大人がサポートしていくことが重要だと感じます。

2. 「逃げる Flight」「かたまる Freeze」を示す子どもの対応:アウトリーチの際は気をつける

—「逃げる Flight」や「かたまる Freeze」の反応を示す子どもには、どのように関わるのが良いですか。

「逃げる Flight」や「かたまる Freeze」という行動を取る子どもたちは、他の人に害を加えません。したがって、養育環境や学校などの問題が生じている場所から離れて、公的な空間に来れているだけでひとまず大丈夫かと思います。一方で、このような子どもたちにとっては、引きこもっていると危険性が高まるかもしれません。

—引きこもっている子どもに対してはアウトリーチを行うことが多いと思いますが、アウトリーチにおいて気をつけるポイントはありますか。

アウトリーチをする際は、相手の家を訪れる「アウェイ」の状況になるので、支援する人は難しいと感じるかもしれません。そのため、「感情移入をしすぎない」「支援しすぎない」などのスタンスを保つことが大事だと考えています。特に、支援を行いすぎるとその子の自尊心が傷つき、回復する力を削いでしまったり、再トラウマ化したりする可能性があります。よって、支援する際の心構えをきちんとトレーニングしたり、一人ではなく複数人で行ったりして、客観性を保った支援を行うことが重要だと思います。

3. デブリーフィング:トラウマの原因を尋ねることは、ときに有効

—子どもがトラウマを持つ原因となった出来事については、聞かない方が良いですか。

一般的に、辛い出来事の直後からできるだけ早く支援者が介入し、トラウマの原因となった体験について踏み込んで聞くことを「デブリーフィング」と言います。かつては有効な手段として広く用いられていたものの、現在では、例えば災害現場などでは、外部から来た支援者が初めて会う人にいろいろと聞くことは非常に危険とされています。

しかし、信頼関係が構築できていて、安心・安全な場で話すのであれば効果的な場合もあります。子どもたちも、学校の先生や暴力的なご家族よりも、拠点のスタッフの方が安心感があるかもしれません。聞き過ぎないことを十分意識しながら「こういうときによく怒っているけど、嫌なことがあったの?」とさりげなく聞いてみると、子どもが話してくれ、その後の感情のコントロールやトラウマからの回復に繋がることもあります

画像:福地先生のスライドを元にLFA作成(イラスト出展:いらすとや  

傷ついた経験を整理する〜トラウマからの回復〜

—ある人やコミュニティがトラウマから回復するためには、どのような点が重要なのでしょうか。

やはり、傷ついた経験を自分の中できちんと整理して、表すことが大切だと感じています。

コミュニティ全体がトラウマを持つ事例は、歴史の中で何度もあります。例えばオーストラリアの先住民であるアボリジニは、イギリスからの侵略や虐殺を経験した際に、大きな傷を抱えることになりました。そのとき、女性は集まって話し、男性は家でアボリジニアートを描いていたと言われています。男性は集まらないから不健康なのではなく、アートを描いて後世にその記憶を伝えていたのです。これは、男女それぞれが民族の中での役割を果たしていたと考えられます。そしてその過程で、「私たちのアイデンティティはこれである!」と表現していました。

同様に、不登校の子どもや虐待を経験した子どもも、その経験を自分の中で整理することがとても大事だと思います。すぐには難しいかもしれませんが、「自分はこんな経験をして、それが故に今の自分があるんだ」と物語を編めることが、トラウマからの回復に大切だと考えています。

それを行うためには言語化する力や思考力、つまり知性が必要なので、やはり勉強も重要だと思います。傷ついた体験から勉強などに向かう気力のない子どもたちもいると思いますが、一定程度回復して気力が湧いてきたら、子どもたちが学習したり吸収したりする機会を持つことも大切だと思います。子どもたちが大人になったら、勉強で養った知識や考える力が結果的にその子を助けてくれるでしょう。

信頼関係の構築が大切〜医療と子ども支援の連携〜

—最後に、子どもを医療機関に繋げる場合に、心がける点はありますか。

まずは「子どもを繋げる」ということが一番大切だと考えています。情報共有は、子どもが来ることさえすれば、直接聞くことができるので、そこまで重視していただかなくても良いかなと思います。

逆に、団体や職員が「あの病院は大丈夫かな…」と思っていると、ご家族や本人も不安になり、なかなか繋がることはできません。もちろん、地域の人に信頼してもらえず、例えば病院がお仕置きの象徴となっているという医療側の課題もありますよね。ですので、まずは団体の皆さんが「信頼できる」と思える医療機関を見つけていただくことが大切です。

また、医療側からするとアウトリーチするインセンティブが少ないというシステムの問題もあります。なぜなら、外来をしていれば収益になるものの、同じ時間に医者がアウトリーチをしていても利益にはならないからです。そのような社会構造上の課題を解決するためにも、地域内での医療機関と支援団体の信頼関係の構築や連携はとても重要だと思います。

まとめ

今回は、福地さんに、トラウマとトラウマインフォームドケアについて伺いました。ポイントを以下にまとめます。

  • トラウマを経験した子どもに対応する方法として、「たたかう Fight」の子には再トラウマ化とならないよう、怒らないことに気をつける。そして、子どもが落ち着かない場合はタイムアウトをする。落ち着いたタイミングで、振り返りの機会を設けることも大事。一番大切なのは、子どもが溢れ出る感情をどうコントロールしたら良いかを学ぶこと。
  • 「逃げる Flight」「かたまる Freeze」の場合は、公的な空間に来ているだけでひとまず大丈夫。ただし、アウトリーチに行く際はスタンスに注意する。
  • トラウマの原因について話を聞くことは、トラウマからの回復に有効な場合もある。ただし、相手との信頼関係があること、聞きすぎない意識を持つことが大切。
  • トラウマからの回復には、本人が傷ついた体験を1つの物語として整理できることが重要である。

※本記事の内容は専門家個人の見解であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません

この記事は役に立ちましたか?