【前編】映画館を「居場所」と「学びの場」に―うえだ子どもシネマクラブの取り組み―

不登校の子どもが増える中で、学校以外の学習の場や居場所を地域に作ることがより重要になっています。2017年に施行された教育機会確保法においても、教室や家庭以外の「多様な学びの場」の大切さが規定されました。
「うえだ子どもシネマクラブ」は、映画館を「居場所」と「学びの場」にして、学校に行きづらい子どもたちが足を運べるようにさまざまな取り組みを行っています。今回は、うえだ子どもシネマクラブ（以下、うえだシネマクラブ）に立ち上げから関わっている直井恵さんにインタビューをし、取り組みの詳細や「映画館登校」が認められるようになった経緯を教えていただきました。

前編では、うえだシネマクラブクラブでの子どもたちの過ごし方を伺いました。

映画を見る・映画館で過ごす・映画を作る〜うえだシネマクラブの取り組み〜

—どのような子どもがうえだシネマクラブを訪れるのでしょうか。

参加者の年齢に制限は設けていないのですが、基本的には小学1年生から高校生までの子たちが来ます。時には、30〜40代の方が訪れることもあります。特に低学年の子どもは、アクセスの問題もあり1人では来づらいので、保護者の方と一緒にいらっしゃることも多いです。

—次に、うえだシネマクラブの取り組みについて教えてください。

うえだシネマクラブでは、以下の3つの活動を柱としています。

映画を見る
映画館で過ごす
映画を作る

1つずつ詳しくご紹介します。

うえだシネマクラブの取り組み（画像：うえだシネマクラブ）

1. 映画を見る

うえだシネマクラブを始めた当初からの取り組みです。映画館の休館日である月曜日に、興行上映しているもの中から作品を選んで無料で子どもたちに上映し、鑑賞の機会を作っています。

当初は、月に1回、1作品を上映していたのですが、何度か上映を繰り返すごとに、作品によって子どもたちの参加人数に大きなばらつきがあることに気づきました。また、あるスクールソーシャルワーカーの方に「学校や自宅で会うことのできなかった生徒が、次の上映作品を見たいと言っていたから、今度その子にうえだシネマクラブで初めて会うんだよ」と言われました。

その話を聞き、子どもたちは「見たい」と思う作品に応じて足を運んでいることに気づきました。つまり、映画館の魅力として「見たい作品がある」という点が非常に重要だと思います。そこで、上映する作品数を増やし、午前と午後の2回上映を行うようになりました。また、上映日も月に2回に増やし、1か月に4回、作品を見られるようにしました。

—上映作品を増やしたことによる変化はありましたか。

扱える作品がさらに幅広くなったことで、いろいろな子どもたちの興味や関心に寄り添えるようになったと思います。子どもたちは、日々の不安やストレスで精神的にいっぱいいっぱいになり、「この作品を見たい」と好奇心を持つことが難しくなっていると考えます。

ですので、まずはシンプルに「見たい」「映画館に行きたい」という気持ちを大切にして、その気持ちに出会えるようにたくさんの選択肢を提示するように心がけています。

—上映する作品を選ぶ際の意図などはあるのでしょうか。

そうですね。作品は全てジャンルやスタイルが異なるので、子どもたちの顔を思い浮かべながら、「この作品はあの子が喜ぶのではないか」「これはあの子たちに見てほしいな」と劇場スタッフとともに選んでいます。

けれども、実際に子どもたちが見ているときの反応を窺うと、私たちの意図を越えてきています。基本的には、興行上映と同様に、やはり話題になっている作品に来場者数も高まることが多いのですが、「この作品はあまり興味を惹かないだろう」と思ったものにたくさんの子どもたちが見に来てくれたり、逆に「もう少し見に来ると思ったけど、案外来場者が少なかった」という作品もあったりします。

結局のところ、子どもたちの個性は人それぞれで、私たちが完全に把握するのは難しいと思っています。

—映画上映後は、ワークショップなども実施されているとお聞きしました。

対話的な学びも重視したいと思い、始めた取り組みです。みんなで感想を語り合うワークショップも実験的に行ってみたのですが、言葉で伝えるのが得意ではない子どももいるので、擬音語を使って映画の感想を伝えるなど、工夫しながら実施しています。

映画を観た後の子どもたちの感想（画像：うえだシネマクラブ）

他にも、上映作品の監督にお越しいただき、特別に舞台挨拶をしていただき、監督も交えて交流会を行うこともあります。映画で感じたことを咀嚼する中で外の世界に興味を持ち、外出するきっかけになった子どももいます。

また、保護者からも「学校に通う・通わないよりも、もっと大事なことがあると感じた」という声を聞きました。保護者にとっても不安を打ち明けられ、息抜きができたり新たな考え方に出会えたりする場になっていると思います。

2. 映画館で過ごす

映画を興行上映している水曜日と金曜日にも、子どもたちを受け入れています。受付やポスターの張り替えなど仕事を手伝ってもらったり、お話ししたり、お昼寝をしたり、みんな思い思いに過ごしています。

それぞれの映画館の過ごし方（画像：うえだシネマクラブ）

—お仕事のお手伝いをする場合もあるのですね。

館内の掃除やポスターの張り替え、チラシのスタンプ押し、発券業務などをしてくれています。うえだシネマクラブは若者たちも通ってくれているので、就労支援の一環としても行っています。こちらとしては、細々とした作業を行ってくれて本当に助かっていますし、子どもや若者にとっても、仕事を手伝うことで誰かに必要とされているということを感じ、自信にも繋がると思います。

—逆に、あまりうまくいかなかった取り組みはあるのでしょうか。

まだエネルギーを完全に回復していない子どもが勉強に向き合うのは難しいと感じる場面がありました。

以前、受験直前の子どもが「英語を勉強したい」と言ってくれたので、大学で英語を教えている上田映劇特別会員の方にお願いし、英語を教わる時間を設定したのですが、いざ日時を決めると、誰も足を運ばなくなってしまいました。その理由として、教科学習に対する拒否反応がまだ存在していたことがあると思います。もちろん、必要が出てきたら取り組んでくれるとは思いますが、今まで「居場所」だった映画館に「学校感」を出しすぎてしまったと反省し、その取り組みは中止しました。

3. 映画を作る

映画を作る過程に触れることで、少しでもみんなが「興味を持つ」という感覚に出会ってくれたらという思いで始めました。特に、うえだシネマクラブクラブに通ってくれている子どもたちは、学校で疲弊した経験を持っていることが多く、日常生活を回すことに精一杯で、その先のことに関心を持てる余裕や気力がないことも多いと思います。そのため、「好奇心を持つことは楽しい」ということを少しでも伝えていけたらと考えています。

具体的な取り組みとしては、例えば1〜2分程度の作品を作ってみたり、ロトスコープ（注1）という手法を用いて映像をアニメーションに落とし込む体験をしたり、映像に合わせる音楽を即興で作ったり、効果音を作ったり、とさまざまです。実際にプロの音楽家や映画監督が講師として来てくださって、ワークショップを開催してきました。

創作した音楽やアニメーションは、「うえだのまなざし」という地域映画づくりの一環で、いま66分の作品になっています。子どもたちが描いた絵は、人間なのに顔がないなど、とても個性的です。正直、もしも学校でその絵を描いていたならば、「真面目に取り組んでいない」と判断されるかもしれません。しかし、映画の世界では「完璧ではないからこそいい味が出る」とポジティブなメッセージを発信できたと思います。

（注1）ロトスコープとは、アニメーション手法の1つで、実際に撮影した映像を別の紙に透かし、それをなぞって書き写す手法のこと。