福祉分野に限らず、さまざまな領域で活躍されている方々が子ども支援の現場に携わることで、新たな取り組みや気づきが生まれることがあります。
今回は、昔からお寺の風習だった「おすそわけ」の仕組みを現代社会に適用し直し、食糧支援を行う認定NPO法人おてらおやつクラブ(以下、おてらおやつクラブ)の職員である深堀さんにお話を伺いました。現在、支援活動は全国に広がり、食糧支援のみならず啓発事業や居場所事業なども幅広く展開されています。
前編では、お寺だからこその強みを生かした活動についてお聞きしました。
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プロフィール:深堀 麻菜香
認定NPO法人おてらおやつクラブ職員。
北海道札幌市出身、在住。自身もひとり親家庭で育った経験があり、高校生のころより学習支援やこども食堂などで子ども支援に携わる。自身の家庭もおてらおやつクラブの「おすそわけ」を受け取っていたことがある。
おてらおやつクラブとは
—おてらおやつクラブの活動について教えてください。
おてらおやつクラブは、「おそなえ・おさがり・おすそわけ」を通じて子どもの貧困問題に取り組む認定NPO法人です。古来より、お寺では檀家さんや地域の方からお彼岸、お盆、ご法要があるときなどに「おそなえ」を頂き、「おさがり」として住職やその家族が頂戴する習慣がありました。そして、家族だけで消費しきれないような膨大な量を頂いたときには、ほかのご法要や訪問者に「おすそわけ」してきました。この仕組みを現代版の社会活動として整え直し、全国のお寺に集まった「おそなえ」を仏さまからの「おさがり」として頂戴し、支援団体やひとり親家庭に「おすそわけ」するのが当団体の活動です。
画像:認定NPO法人おてらおやつクラブ
私たちは、おてらおやつクラブの活動をお寺の「ある」と社会の「ない」を繋ぐ活動として捉えています。お寺には食糧や地域との繋がりがある一方、社会には食べることに苦労していたり、孤立していたりするひとり親家庭がいらっしゃいます。そこで、活動趣旨に賛同する全国のお寺と、子どもやひとり親家庭などを支援する各地域の団体を繋げ、食品や日用品をお届けしています。
—具体的には、どのように支援活動に取り組んでいるのでしょうか。
現在、全国で子ども・若者・ひとり親家庭の支援を行っている支援団体におすそわけする後方支援と、ひとり親家庭に直接おすそわけする直接支援の2つの支援を展開しています。
まず、後方支援では各支援団体やお寺にマイページを発行し、そこでおすそわけの発送や受取の手続きを行ってもらいます。お寺がマイページ上の発送ボタンを押すと、ヤマト運輸が集荷に来て、マッチングされた支援団体に配送します。
直接支援では、各家庭がLINEからおすそわけを申し込めるようになっています。各家庭の個人情報が全国のお寺に流出しないよう、情報は匿名化され、現在何世帯の家庭がおすそわけを待っているか、世帯数のみが各お寺のマイページに表示されます。お寺は自分たちが準備できる箱の数を入力し、集荷を依頼することでヤマト運輸に家庭まで届けてもらいます。つまり、家庭の個人情報をお伝えすることなく、お寺はおすそわけをすることが可能になっています。また、伝票も匿名となっていて、各お寺の住所ではなくおてらおやつクラブ事務局の住所が記載されています。配送費はすべておてらおやつクラブ事務局が負担しています。
ちなみに、マイページや匿名配送のシステムを構築してくれたのはNAIST(国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学)の若手エンジニアたちです。学生たちがシステムの開発から保守、さらには情報の更新など日頃の運営を行っています。
—顔が見えない関係性の中で支援を行ったり、地域と連携しながら活動を展開していたりするのは、おてらおやつクラブの強みだと感じました。他にも、おてらおやつクラブならではの特徴はありますか。
おすそわけの食品や日用品はお寺へのお供え物を活用しているため、物資の調達や保管に費用がかからないことです。また、直接支援と後方支援の2つに取り組んでいるので、より状況にあった物資の支援ができると感じます。例えば、個包装のものは支援団体の現場で子どもに届けやすく、同じ種類・サイズのものがある時は、クリスマスパーティーや夏祭りなどのイベント時に喜ばれやすいです。逆に、個包装ではないお菓子や一人で食べ切れる分量のものは家庭に配送した方が有用で、レトルト食品やカップ麺なども家庭の方が有効活用しやすいでしょう。
また、活動形態や食料品の種類なども従来のフードバンクとは異なっています。活動頻度が限られている団体では、生ものが腐ってしまうことから、受け入れを断っている場合も見受けられます。けれども、おてらおやつクラブではお寺がそれぞれのタイミングで発送できるので、野菜や果物などの生鮮食品もお届けすることができます。たとえば農業をやられている檀家さんがいるお寺では、収穫したばかりの新鮮な農産物がたくさんおそなえされるので、支援団体や家庭にお送りすることもあります。発送先はなるべく近くの支援先がマッチングされるので、食品の地産地消が実現できています。
最後に、おすそわけを通じて日本各地で繋がりが生まれています。後方支援では、支援団体とお寺は互いの名前がわかる中で活動しているので、配送だけではなく手渡しも推奨しています。よって、関係性が深まると、支援団体の活動の手伝いに参加したり、お寺の一室を会場として貸したりしている方もいるようです。
おてらおやつクラブの変遷
活用しきれないおそなえがある一方で、餓死事件が発生
—なぜおてらおやつクラブの取り組みを始めようと思ったのでしょうか?きっかけやこれまでの活動の経緯を教えてください。
お寺には日頃から、たくさんのお供え物が集まりますが、ときに消費しきれず賞味期限が切れてしまったものなどは廃棄せざるを得ない場合もあります。
そのような中、2013年5月に大阪市北区で母子餓死事件が起きました。20代の母親と3歳のお子さんが亡くなっているのが見つかった事件で、遺体が発見された部屋の電気は止められ、冷蔵庫には食塩しかなかったそうです。部屋には、「最後におなかいっぱい食べさせてあげたかった……ごめんね」と書かれた、お母さんがお子さんに残したメモもありました。
奈良県田原本町 安養寺住職の松島靖朗は、この事件に衝撃を受けました。「自分のお寺には、食べきれないほどの食糧があるのに、隣の地域では食べ物がないあまり、餓死してしまった親子がいる」という事実に驚愕し、活動を開始したのです。
仲間を募って活動を展開
1人でおそなえを箱に詰め、大阪の支援団体におすそわけしはじめましたが、支援団体の方に感触を伺うと、「利用者はみんなとても喜んでくれますが、量が全然足りません」と言われました。松島は、子どもの貧困問題が自分が思っていた以上に深刻で、1人で用意する数箱ほどでは全く足りないことを実感したのです。大阪から奈良に帰る途中の帰り道で、お寺が目に止まりました。「日本にはたくさんお寺があるのだから、自分だけではなくていろんなお寺が協力すれば、支援が必要な人にもっと届けられるのではないか」と考え、全国のお寺に参加してもらえる仕組みを目指すことにしました。
活動を進めていく中で、さまざまなお寺の方とお会いしますが、「確かに大変な社会課題だ」と手伝ってくれる方もいれば、旧来からの慣習を変え、檀家さんから頂いた仏さまへのお供え物を他人に渡すことに抵抗を感じる方もいます。おすそわけは昔ながらの伝統であり、いろいろな想いがあるのは当然です。そんな中でも檀家の理解を求めて活動を始めてくれているお寺もあり、寺報(注1)でおてらおやつクラブの活動を発信してくださったお寺の方もいました。その結果、檀家さんも長く保管でき、生活に必ず役立つようなおそなえを意識するようになり、スナック菓子やカップヌードルのおそなえが増えました。中には、本来仏さまへのおそなえとしてはあり得ないような生理用品やマスクまでおそなえしてくださる檀家さんもいて、多方面でおてらおやつクラブの活動を支援していただいています。
(注1)寺報とは、お寺が檀家さんへ発行するニュースペーパーのこと。
活動の仕組みが評価されグッドデザイン大賞を受賞
2018年、子どもの貧困という社会課題をもっと世の中に知ってもらいたいという思いからグッドデザイン賞に応募し「グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)」を受賞しました。目に見えない活動の仕組みとして、既存の人・もの・習慣をつなぎ直すだけで機能する仕組みの美しさが評価されました。これを受け、デザイン分野からも注目され、これまで接点のなかったさまざまな方に活動を知ってもらえる機会となりました。
2020年には、奈良県内で2番目の認定NPO法人として認定いただき、NPOの中でも特に公益性が高く、広く社会に対して有益な活動であると認められました。
より多くの人に支援を届けるため自治体と連携
おてらおやつクラブでは子どもの貧困問題の解決を目指し、事務局のある奈良県田原本町を皮切りに、全国5自治体と連携協定を結び、独りで困りごとを抱えるひとり親家庭に支援情報を届けやすくするための取り組みを行っています。
画像:2024年9月に愛知県春日井市と連携協定を結んだ時の様子(認定NPO法人おてらおやつクラブ)
まとめ
今回は、おてらおやつクラブの活動について伺いました。ポイントを以下にまとめます。
- おてらおやつクラブは、古くから日本の伝統であった「おそなえ・おさがり・おすそわけ」を通じて子どもの貧困問題に取り組んでいる。お寺の「ある」と社会の「ない」を繋げ、支援団体を通じておそなえを届ける後方支援と、直接ご家庭におそなえを郵送する直接支援を行っている。
- 当初はおてらおやつクラブの代表が1人で行っていたが、1人でできる活動に限界を感じ、全国のお寺から協力を募った。
- 全国各地のお寺が協力し、地元の支援先とつながることで生ものや賞味期限の短いお菓子などもやりとりできている。
- より多くの人に支援を届けられるよう、自治体との連携や他事業の展開にも取り組んでいる。
後編では、コロナ禍での支援やおてらおやつクラブの理念、さらには今後の展望を伺います。
※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません。
後編はこちら:
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