不登校の児童生徒数は年々増加傾向にあり、令和4年度には小中学生だけで約30万人に達しています。従来の学校復帰を前提とした支援から、多様な学びの場を提供する「オルタナティブスクール」という選択肢が注目される中、民間企業による新たな取り組みが生まれています。
今回は、小田急電鉄株式会社(以下、小田急電鉄)が運営するオルタナティブスクール「AOiスクール」について、同スクールの統括リーダーを務める別所尭俊さんにお話を伺いました。
後編では、AOiスクールでの具体的な過ごし方や子どもたちの変化、NPO法人無花果(いちじく)(以下、無花果)との連携で学んだ支援のノウハウ、そして今後の展望などについてお話しいただきます。
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プロフィール:別所尭俊氏
小田急電鉄株式会社・デジタル事業創造部所属。2017年入社後、駅員・車掌・運転士として鉄道業務を幅広く経験。昨年11月まで運転士として勤務しながらAOiスクールの運営に携わり、12月からは専属として統括リーダーを務める。中学時代に不登校を経験。
子どもの「やりたい」を大切にする時間
―AOiスクールでは、子どもたちはどのように過ごしているのでしょうか。
AOiスクールは、あえてカリキュラムを設けていません。基本的に「子どもたちがやりたいことをできる限り叶える」形で運営しています。
入学したばかりの頃は「今日は何をしたい?」とスタッフがたくさん話しかけ、一緒に「やりたいこと」を探していきます。他の生徒に誘われて一緒に取り組むこともありますし、だんだん慣れてくると、自分で「今日はこれをやる」と目的を決めて来るようになっていくのです。善行では1コマ3時間、バーチャルキャンパスでは2時間、一人一人が思い思いの過ごし方をしています。
―具体的にはどのような活動をしているのですか?
善行コースでは、鉄道シミュレーターを使って子ども同士で遊んだり、現役運転士のスタッフに操作を教えてもらったりしています。テレビゲームを一緒に楽しむ日もあれば、椅子を丸く並べて、電車のブレーキの仕組みや区間(駅間)ごとに異なる運転速度など専門的な鉄道の話に花を咲かせることもあります。教室には鉄道関連の本や時刻表が置いてあり、それが自然な会話のきっかけになるのです。
バーチャルキャンパスでは、小田急電鉄の公式YouTubeチャンネルにある鉄道現場の動画を一緒に見て、その業務に関わったスタッフが「実際はこういう工夫をしている」と舞台裏を解説することもあります。Googleドキュメントやスライドを使って「次のロマンスカーはどんな車両だろう」とアイデアを出し合い、一緒に考えることもあります。
専門団体との連携で培った教育哲学
―無花果さんとの連携について、具体的にどのようなやりとりをされたのでしょうか。
私たちは教育や福祉の専門家ではなく、最初はまったくの素人でした。そこで、子どもの居場所や学びの場づくりに長年取り組んでこられた無花果さんに、基礎の部分から多くを学ばせていただきました。場所をつくる際にどんな視点が必要なのか、どんな子どもにどのような配慮が求められるのか、成長をどう支えていくのか――そうした問いに対して壁打ちをしていただいたことが、私たちの教育哲学を形づくる大きなきっかけになったのです。
関わる中で、無花果さんが「実践と哲学の往復」を非常に大切にされていることを実感しました。理念があり、それを実践し、そこから得た学びを再び理念に還元する。その循環がとても明確で、しかも言葉として子どもに伝わる形に落とし込まれている。話を伺っていると「なるほど、こういうことか」と腑に落ちる瞬間がたくさんありました。私たちの視野を大きく広げていただいたと思っています。
―AOiスクールの教育哲学について教えてください。
私たちが最も大切にしているのは「I’m OK, You’re OK」という考え方です。対人関係において健全な関わりを築くためのキーワードとしてよく紹介されますが、AOiスクールではより具体的に捉えています。
「I’m OK」とは、自分の考えや感情を自分で認めてあげること。どんな気持ちを抱いても、それを否定せずに大切にすることです。そして「You’re OK」とは、同じように相手の気持ちや存在を尊重すること。つまり、お互いに「自分も大切、あなたも大切」と認め合うことを大切にしています。
この哲学を話題に出すことはありますが、子どもに直接教え込むようなことはしていません。スタッフ同士がその姿勢を体現し、子ども同士の関わりの中で自然に感じ取ってもらえるようにしています。新しく入ってきた子も、その関係性の中に加わることで「ここは安心できる場所なんだ」と実感できる。私たちはそうした文化を大切に育てています。
子どもたちに見えた小さな一歩
―子どもたちの印象的な変化について教えてください。
一番印象的なのは、復学する子どもが多いことです。私たちは「復学」を目標に掲げているわけでもありませんし、生徒の状況にもよりますが、学校に戻るよう勧めることはほとんどありません。
それでも「困ったらAOiスクールに戻ればいい」と思える安心感が、子どもたちが一歩を踏み出す力になり、復学という変化が生まれているのだと思います。
「まずは週1日だけ行ってみよう」「別室へ登校してみよう」
そうやって少しずつ挑戦する姿をたくさん見てきました。安心できる居場所があるからこそ、「なかなか踏み出せないこと」に挑戦できる。これは本当にうれしい変化です。
私たちは週に数時間しか子どもと関われませんが、ご家庭から「表情が明るくなった」「会話が増えた」といった報告をいただくこともあります。ご家庭での変化を保護者の方が伝えてくださるのも、大きな励みになります。
―現在の不登校の子どもたちと、お二人の頃との違いはありますか?
率直に言うと「案外変わらないな」というのが感想です。子どもたちが感じていることや悩みを聞いていると、「自分も同じように思っていた」と共感できることが多いのです。根本的な気持ちは、世代が違っても大きくは変わらないと感じます。
ただ、周囲の環境はかなり変化してきています。学校外の学びの場が増え、社会の理解も少しずつ浸透してきました。実際に、AOiスクールの生徒の保護者の中には「自分も子どもの頃、不登校だった」と話してくださる方もいます。こうした声が出てくるようになったこと自体、社会の受け止め方が変わってきている証拠だと思います。
今後の展望と課題

画像:子どもたちに運転速度と制限速度(信号設備)の話をしている様子(小田急電鉄提供)
―今後の展望について教えてください。
AOiスクールはまだ立ち上げから2年。新規事業として始まったからこそ、常に子どもや保護者の声に耳を傾け、良い点は活かし、不足している部分は改善していく。その繰り返しで、子どもたちに最適な場を届けたいと考えています。
オンラインの活用は特に重要だと感じています。オンラインを活かし、鉄道の魅力や鉄道の仕事の面白さ、そして「好きなことを突き詰める楽しさ」を全国の子どもたちに伝えていきたいです。
現状では、まだ「AOiスクールという場がある」ことを十分に届け切れていません。鉄道好きの子どもは日本全国にいます。その中には学校に馴染めず悩んでいる子もきっといるはずです。そうした子どもたちにAOiスクールの存在をどう届けるかが、これからの大きな課題だと考えています。
まとめ
今回は、AOiスクールでの子どもたちの具体的な過ごし方や変化、そして今後の展望についてお伺いしました。ポイントを以下にまとめます。
- カリキュラムを設けず、子どもの「やりたい」を尊重することで、多様な過ごし方が生まれている
- NPO法人無花果との連携を通じて、「I’m OK, You’re OK」という相互尊重の哲学を形にしている
- 復学をゴールにせず、安心できる居場所をつくることで、子ども自身が一歩を踏み出すきっかけになっている
- 不登校の子どもが感じる生きづらさは、時代が変わっても本質的に変わらないが、学校外の学びの場への理解は確実に広がりつつある
- 子どもたちの「好き」を学びつなげる場があることを、悩んでいる子どもたちにAOiスクールの存在をどのように知らせるかが、今後の大きな課題となっている
※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません
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