2022年10月に文部科学省が公表した調査結果によると、日本の小中学校における不登校児童生徒を含む「長期欠席者」の数は9年連続で増加しており、2022年の調査時点でその数は過去最多となっています。※
※ 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査:文部科学省
そんな中、不登校状態にある子どもたちに対して、オンラインを活用した支援が注目を集めています。今回はオンラインのメタバース空間を活用した不登校児童生徒への支援プログラム「room-K」のご担当である、認定NPO法人カタリバ(以下、カタリバ)の加賀谷さんと白井さんにお話を伺います。
前編では「room-K」の取組の概要や、自治体との連携のお話をお伺いしました。
後編では、印象に残っている子どもの変化のエピソードや、今後の展望についてお伺いします。
room-Kの中での子どもたちの変化
—room-Kをご担当される中で、印象に残っている子どものエピソードを教えてください。
加賀谷:お話したいエピソードがたくさんあるので悩むのですが…最近room-Kを卒業した子のお話をしますね。その子はroom-Kに繋がる前は、学校に行こうとすると吐き気や頭痛などの体調不良が出ていたんですが、room-Kを続ける中で自信を取り戻してどんどん活発になり、学校にも行くようになりました。ある時は、メンタースタッフとの作戦会議の時間になっても、友達と公園に遊びに行ったきりなかなか帰ってこないので、お母さんが公園まで呼びに行って席につかせることもあったくらい、本当に元気になりました。
その子が卒業するときには、今まで関わってきたスタッフやお母さんと一緒に、オンラインで卒業式を開催しました。卒業式では、これまでのその子の頑張りを皆で称えて、時には涙しながらも卒業を祝いました。そうやって1つの支援を終えられたことがとても印象に残っています。
—room-Kに通うことで、心身ともに大きな変化があったんですね。このエピソードのお子さんは既にroom-Kをご卒業されたとのことですが、「room-Kを卒業するタイミング」はどのように決めているのでしょうか。
加賀谷:卒業のタイミングはケースバイケースですが、最終的には本人と保護者の判断で決めることだと考えています。
ただ、room-Kは「義務教育年齢の子ども」を対象としているので、中学を卒業するタイミングで、一律で卒業することになっています。そのため、卒業後のコーディネートをした状態で、中学卒業を迎えられるようにしています。room-Kは全国各地からの利用者が多いので、その地域で繋がれそうな支援者や、オンラインで相談できるような窓口や資源を紹介して「困ったときにはこういうところに相談してみてくださいね」とお伝えすることも多いです。
—中学卒業後も支援が途切れないようなコーディネートをしていらっしゃるんですね。他にも印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
加賀谷:別の子のエピソードをお話します。その子は、room-Kに繋がる前は長らく学校に行っていなかったのですが、room-Kで他の子どもたちと一緒に遊んだことがすごく楽しくて、自分自身「自分って実はこんなに話せるんだ」と驚いたみたいです。そのことで自信を持ち、room-Kに繋がってから割と早い段階で、2年ぶりくらいに学校に行くようになりました。
また、自分の思い通りにならないと怒ったりパニックになったりしていた子が、メンタースタッフとの安心できる関係性のもとでいろいろな話をする中で、徐々に怒りのコントロールができるようになったり、「自分はこういうことが嫌だった」と自分の言葉で伝えられるようになったりしたこともあります。
—お話を伺っていると、「自分に自信を持つ」ことが、子どもの変化の大きなきっかけになっていると感じました。子どもたちが自信を持つために、どんな関わりが大事だと思いますか。
加賀谷:room-Kのプログラムには、大きく2つのステップがあります。個別のメンターとの面談をして、安心できる関係性を作っていくのが第1ステップで、room-Kに慣れたうえで、集団プログラムに参加するのが第2ステップです。
集団プログラムに行くようになると、複数のスタッフが子どもたちに対してとにかく肯定的に関わります。「何をしても褒めてもらえる」「楽しそうに受け止めてもらえる」ということが子どもたちにとっては嬉しいし、自信を持つことに繋がるんじゃないかなと思っています。
あとは「集団の力」もあると思います。他の子どもたちが集団プログラムで楽しそうにしている様子を見ると、「あ、自分もやってみたい」と思うんですよね。自分で作った作品をシェアしている子がいたり、オリジナルのなぞなぞを作っている子を見ると「自分もやってみたい!」と触発される。そして実際に自分でやってみると、他の子どもやスタッフが「いいね!」と褒めてくれることで、徐々に自信をつけていくという流れになっているのかなと思います。
画像:illust-AC
—「個別」と「集団」の両面から、子どもたちが自信を持つような関わりをしていらっしゃるんですね。白井さんにも、印象的だったエピソードを伺いたいです。
白井:私が担当していた中には「学校に行けない」ということで、自分への自信を無くしている子がいました。自分自身で「学校に行けない自分ってダメなんだ」と思うことで、外に行けなくなってしまったり何もする気になれなかったりして…。子どもも保護者も八方ふさがりのような状態でroom-Kに繋がりました。
学校に行かないことを「何にも気にしない人達」とroom-Kで会話をすることで、徐々に「自分自身のままでいいんだ」と気づき始めたようです。保健室登校から教室に行くようになり、最近は6時間目まで頑張って学校に行っています。room-Kでの会話を重ねることで「学校に行くためのエネルギー」を貯めているようにも思います。学校では友達関係の悩みも生まれますが、「学校に行けばそういう悩みもあるよね」とroom-Kで話すことで、すぐに心が折れないようにもなってきているなと感じています。
また、その子は「教室でテストを受ける」ということがどうしてもできなかったのですが、その理由も印象的だったので強く覚えています。その子は、学校で勉強する時間が少なかったこともあり、テスト中に周りからテストを解いている鉛筆の音が聞こえるだけで「みんなは解けているんだろうな」というプレッシャーを感じてしまっていたそうです。その子にとって教室でテストを受ける時間は、「自分はできない」ということをリアルに感じる、苦痛の時間だったんですね。
画像:illust-AC
そこから、まずは保健室で一人でテストを受けることから始め、最近は「出来なくても当たり前だよね、だって授業を受けていないんだもん」と自分で思えるようになり、教室でテストを受けるようになっています。
—自分のことを受け入れて行動が変化していることももちろんですが、そのように「自分が辛かった理由」を自分の言葉で説明してくれていることもすごいですね。
白井:本当にそうですよね。ただ、このように話してくれるようになるのにも1年半くらいはかかっています。最初はこちらから感情の選択肢を提示して「AとBだったら、今はどっちの気持ちに近い?」等と聞きながら、一緒に気持ちの確認をしていました。そのような関わりを続けているうちに、徐々にオープンクエスチョンでも自分の感情について話してくれるようになりました。
「本当は学校に行きたいんだけど、行けない」という、自分の理想像とのギャップを受け入れられない時期は本当に辛かったと思いますが、最近は自分のことを客観的に捉えられるようになって、「自分のことが好き」という話もしてくれるようになりました。
誰ひとり取り残さずに学びにつなぐために、公的な選択肢を増やす
—今後、room-Kとしてチャレンジしたいと思っていることや、展望を伺いたいです。
加賀谷:一番の展望は「シェア型オンライン教育支援センター」としてのroom-Kをより確立させて、強化させていくことです。もう少し細かい話をすると、より安全で安定的に接続できるような環境づくりや、子どもの伴走を担う人材育成を強化して、より支援のクオリティを高めていきたいと考えています。
白井:また、必要としている子どもたちに繋がって支援を届けるために、自治体・学校との連携強化にも挑戦し続けたいです。私たちは「自分から情報をキャッチできる人だけに支援が届けばいい」とは考えていません。支援を必要としている子どもについて一番情報を持っているのは自治体・学校であるという仮説のもと、自治体・学校との連携を強化することで、情報が届きにくい人にも支援を届けられるようになるだろうと考えています。また、現在子どもたちには一人一台学校からオンライン端末が配布されている時代にもかかわらず、自治体によっては用途に制限がかかっていたり、自宅への持ち帰りが認められていないこともあります。「子どもとは繋がったけど、その子がデジタル端末を持っていないから支援が届けられない」とならないように、学校から配布されている端末でもroom-Kが使えるような連携の実現にもチャレンジしたいです。
加賀谷:それは「公的な選択肢を増やす」という話にも繋がりますよね。公的な形での支援を増やし、安定的・継続的に繋がれるような環境を作って、更にその支援の質を高めるというのが今後の展望かなと思います。
room-Kの取組だけでは、支援を届けたい全ての子どもに支援が届くわけではないと思います。しかし、room-Kの事例について他の自治体や公的機関にも「これって大事なことだよね」と思ってもらい、同じ世界観・価値観で支援を充実させていくことができれば、より多くの子どもたちにとっての「公的な学びの選択肢」が増えることに繋がると思っています。
—最後に、加賀谷さんと白井さんが目指す理想の未来についてお伺いしたいです。
白井:これからは学ぶ選択肢は「教室に行くこと」だけでなくて「教室に行きづらい時は別の選択肢もある」ということを、公教育の中でもノーマルにしていきたいです。あくまでもステップの1つ、開けるドアの1つとしての選択肢がどんどん増えていくような世界が良いなと思っています。
画像:illust-AC
白井:現時点では、学校に行っていないことをネガティブに捉えてしまう子ども・保護者は多く、「自分は学校に行けていない」「学校に行けない子どもを育ててしまった」と、子どもと保護者がお互いにどんどん自信を無くしてしまう悪いループに入ってしまうことも少なくないと感じています。room-Kがその悪いループにストップをかけ、子ども・保護者にとって「自信を持てる場所」になりたいと思っています。
加賀谷:room-Kに繋がる不登校の子には、本当にいろんな子がいます。学校に行っているかどうかに関わらず、一人ひとりいろんな得意・不得意があることを受け止めた上で「あなたが大事なんだよ」ということが伝わるような社会にしたいですね。まずは小さな社会として、room-Kをそういう場所にしていければ良いなと思っています。
まとめ
今回は、認定NPO法人カタリバの加賀谷さんと白井さんに、オンライン不登校支援プログラム「room-K」の取組における印象的な子どものエピソードや、今後の展望について伺いました。ポイントを以下にまとめます。
- room-Kにおける関わりの中で子どもたちが自信を持つようになり、子どもの心身や行動に大きな変化を生み出している。
- 「シェア型オンライン教育支援センター」としてのroom-Kをより確立させることで「公的な学びの選択肢」を増やし、安定的・継続的に繋がれるような環境を作って、更にその支援の質を高めることが今後の展望である。
加賀谷さん、白井さん、ありがとうございました!
※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません
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