【連載第1回】児童精神科医 山口有紗さんに学ぶ「トラウマインフォームドケアの視点と実践 ― 私たちが知っておきたい『安全・信頼・つながり』」(オンライン研修)

こども支援ナビでは、これまでゲストをお招きして学び/知見/意見をシェアするイベント「こども支援ナビ Meetup」を開催してまいりましたが、この度新たにオンラインでの研修をスタートしました。

2025年9月17日に開催された初回では、講師に児童精神科医の山口有紗氏をお迎えし、「トラウマインフォームドケアの視点と実践 ― 私たちが知っておきたい『安全・信頼・つながり』」というテーマでの講義と、参加者同士のグループ対話、質疑応答を行いました。

イベントレポート第1回では、トラウマインフォームドケアを学ぶ上で前提となる子どものウェルビーイングや育ちの土台、子ども時代の傷つき体験が与える影響などについてお伝えします。

 

プロフィール:山口有紗 氏

 

児童精神科医、小児科専門医・子どものこころ専門医、公衆衛生学修士。高校中退後、イギリスでの単身生活や国際関係学部での学びを経て医師となる。現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所などで相談業務に従事。国立成育医療研究センター共同研究員、こども家庭庁アドバイザー。近著は「子どものウェルビーイングとひびきあう――権利、声、「象徴」としての子ども」(明石書店)、「きょうの診察室: 子どもたちが教えてくれたこと」(南山堂)。

 

こんにちは、児童精神科医・小児科専門医・子どものこころ専門医の山口です。

子どもの専門医として、子どもたちの声を大事にしながら、権利に基づいたウェルビーイングをみんなで考えていくことを大切に活動しています。

今日は、1つ目に子どものウェルビーイングを作るものはそもそも何か、2つ目にメイントピックである「子どもの傷つきとトラウマインフォームドケア」について、そして3つ目に子どものレジリエンスを支えるために私たち一人ひとりにできること、最後4つ目にケアする人のケアについてお話していきたいと思っています。

子どものウェルビーイングを作るものはそもそも何か

皆さん、この画像はどこかで見たことがあるでしょうか?

これは、子どもたちの脳を顕微鏡で見た画像です。

画像:研修資料より(山口さん提供)

私たちの脳の中には、およそ1,000億個弱もの脳細胞があります。実は、生まれたての赤ちゃんのときもだいたい同じ数の脳細胞があり、大人のときとあまり変わりません。

脳の中では、赤ちゃんが生まれてからの1年あまりで脳細胞と脳細胞をつなぐシナプスという橋のようなものが一気に増えていって、その後刈り込み現象といってだんだん必要なものを残すように整理されていくプロセスが起こっています。6歳の子どもよりも14歳の子どものほうがなんとなく思考が整っているのは、このプロセスがあるためです。

このプロセスは、だいたい20代半ばまで続きます。つまり、皆さんがテーマとしている子ども時代は、これだけ脳が育つゴールデンタイムでもあるのです。

子ども時代が大切だというのは感覚的なものだけではありません。心と身体は脳から出るいろいろなサインによって発達していきますが、これだけ脳が発達する時期はどんなにひっくり返っても他にはないものです。

だからこそ、子どもに関わるすべての人が、子ども時代に何が大事で、子どもたちが何を見て何を聞いてどんなことを感じるかということが大切であるかを共有し、共通の土台を作ることが非常に重要になってきます。

なので本日は講義を通して、子どものウェルビーイングとトラウマについて皆さんと共有していきたいと思っています。

子どものウェルビーイングとは

画像:研修資料より(山口さん提供)

子どものウェルビーイングとは、その子のビーイング、つまり存在そのものが心も身体も周りとの関係や社会的にもその子にとってちょうどよく満たされて心地よい状態であること、そしてそのゆらぎのプロセスのことを指します。

ウェルビーイングはいろいろな要素が関わっています。また、ゆらぎというのは、ハッピーでない状態からでもゆらゆらしながらまたちょうどよい状態に落ち着いていくプロセスのことで、このゆらぎこそウェルビーイングそのものです。

WHO(世界保健機関)の定義では「健康とは、病気でないとか、弱っていないことではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にもすべてが満たされた状態のこと」(出典:公益社団法人 日本WHO協会)と書かれています。また、ウェルビーイングは、個人だけではなく、社会そのものが経験することだともいわれています。

また、ウェルビーイングとは、子どもたちが持っている権利が具現化されている状態のことでもあります。

子どもの権利を考える上で大切なのが、この人権のアーチです。このアーチは、権利の保有者であるすべての子どもと義務の担い手であるすべての大人の相互尊重・共同作業によって人権が保障されていくことを表しています。

よく「義務を果たさないと権利がない」と間違って言われることがありますが、人権のアーチにおいて義務を持っているのは大人です。すべての大人は、子どもたちが保有している権利がきちんと行使できるようにそれを見守っていく義務があります。

そしてこのアーチには、子どもだからこそ必要な土台が底にあります。これは、「こども基本法」をはじめとしたさまざまな子どもに関する法律や条例などです。そうした体制が整えられていくことで、いろいろな子どもたちの権利、子どもの権利条約の4原則*、そのほかの大切な権利が成り立ちます。そうすることで子どもの健やかな育ちとウェルビーイングが保障される、というのが人権のアーチの考え方です。

*子どもの権利条約の4つの原則とは、「差別の禁止(差別のないこと)」「子どもの最善の利益(子どもにとって最もよいこと)」「生命、生存及び発達に対する権利(命を守られ成長できること)」「子どもの意見の尊重(子どもが意味のある参加ができること)」を指す。(日本ユニセフ協会HPより引用)

そして、ウェルビーイングというのは、子ども個人の中だけで成り立つものではもちろんありません。

子どもを取り巻く家族・友達・先生、園や学校、いろいろな組織、地域社会の居場所や人、そして子どもに関わる政策や社会の文化、世界中を取り巻く大きな社会環境といったすべての層の相互作用によって子どもたちのウェルビーイングができていくことを「エコロジカルモデル」といいます。

画像:研修資料より(山口さん提供)

子どもの育ちの土台

画像:研修資料より(山口さん提供)

この子どもの育ちの土台は、子どもの心や社会性の発達がどう成り立っていくかを表したものです。

子どもたちは、エコロジカルモデルでいう環境が落ち着いていると、安定したアタッチメントを形成することができます。

アタッチメントが安定していると、子どもたちは自分の安全感や自己感を持つことができます。そしてこのような安全感や自己感があると、子どもたちは気持ちや身体、考え、行動をちょうどよく自己調整(セルフコントロール)することができます。

自己調整ができて落ち着いた状態になれると、そこで自分と他者との境界を調整できます。「私とあなたは違う存在」「ちょうどよい距離にいて大丈夫」という感覚を持って、社会性が培われていきます。

アタッチメント・システム

画像:研修資料より(山口さん提供)

「アタッチメント・システム」は、生まれつき動物が誰でも持っている仕組みのことです。情動の崩れ、つまりつらい・苦しいというときに一人でなんとかするのではなく、関係性によって調整しようとする本能的な仕組みを指します。

このサイクルを何度も何度も繰り返すことによって、その子は自分と世界への絶対的な信頼感を持つことができ、「しんどいときにはサインがちゃんと受け止められてきっと助けてもらえる」ということを心底信じられるようになります。

このような安定したアタッチメントがあると、以下のようなことが育まれます。

  • 基本的信頼感
  • 自律して探求できる
  • 自他の心の理解・共感
  • 脳・身体の健やかな発達

アタッチメントに限らず、育ちの過程でいろいろなトラウマがあると、それに関連してまたトラウマが重なることがあります。

傷つきの中で育つことで、子どもたちは「自分なんかいないほうがいいんじゃないか」「人の気持ちがわからない」「人との距離がわからない」と悩むようになり、社会的な困難も生じやすくなるということが起こり得ます。

実際に、子ども時代につらいことがあって育ちの土台が傷ついている場合に「死にたい」気持ちがどれだけあるかということを若者向けに調査した日本財団の報告書を見ても、虐待やネグレクト、家庭機能の困難といった逆境体験が多い人ほど死にたい気持ちを経験したことのある人の割合が増えていることがわかります。

画像:研修資料より(山口さん提供)

さらに、子ども時代の逆境体験がライフコースを通して将来の心身・社会的なの健康にも関係を及ぼすことが最近の研究で明らかになってきました。

逆境体験は重なりやすいという特徴があるので、重なれば重なるほど身体の病気や心の病気、社会的な困難が増していく傾向があります。

子ども時代の傷つき体験が将来に影響するメカニズム

ではなぜ、子ども時代の経験がそこまで将来に長く影響してしまうのでしょうか。

これは、アメリカのCDC(アメリカ疾病予防管理センター)によるメカニズムの仮説です。

画像:研修資料より(山口さん提供)

逆境体験は、ある日突然起こるわけではなく、エコロジカルモデルの社会環境や世代間の歴史的な影響、地域のトラウマといった背景があると起こりやすいです。

逆境体験があると、子ども時代の活発な脳の神経発達がストレスによって阻害され、脳からストレスホルモンが出て、さらには遺伝子の発現まで変化すると言われています。

こうなると、心や身体、気持ちにさまざまな困難が生じます。そして、人間はここでは終わらず、つらい状況を何とかしようとします例えばたくさんお酒を飲んで楽になろうとしたり、たくさん食べたり、タバコを吸って頭を覚醒しようとしたり、自分の身体を傷つけてみたり、さまざまなことをして自分を楽にさせようとします。これを対処行動と言います。

これは一時的には役に立つ行動ですが、長期的に続くといわゆる疾病・障害・社会的問題と言われるものになります。実際に、逆境体験が6個ある人は、そうでない人と比べて寿命が20年も短いとも言われています。

子どもの「見える」行動の裏にある物語を理解する

私たちは多くの場合、このメカニズムのうちの表面化しているほんの一部しか見えていません具体的には、子どものしんどそうな様子や自傷行為や問題行動といった対処行動を指します。

それらの行動は子どもや周りの人のせいにされがちですが、実はその人の歴史を見ると、いろいろな逆境を生き延びてきた対処行動の延長として今があるかもしれないということがわかります。

だから子どもに関わる私たちは、その子の「ものがたり」を理解できるようになること、その子の物語をいかに共通して紡いでいけるかが大事なんだと思います。

子ども時代のポジティブな体験の重要性

ここまで逆境体験の話をしてきましたが、子ども時代はつらい体験ばかりではありません。子ども時代の逆境体験についての研究と同時に、ポジティブな(肯定的な)体験についての研究も近年進められてきました。

画像:研修資料より(山口さん提供)

上記のような子ども時代のポジティブな体験がある人ほど、大人になったときに心理社会的なサポートが増えたり成人期のうつが減ったりするといった将来的な影響があるということがわかっています。

つまり、子ども時代のウェルビーイングを考えるとき、私たちは子どもの逆境を減らしたりそれを見つけて癒したりするだけではなく、ポジティブな体験を増やしていくことが大切です。

また、例えば一時保護などもそうですが、子どもを保護するという名目によってこのポジティブな体験や関係性を奪ってはいけないということも認識しなくてはなりません。

こうした認識を子どもに関わる私たちが共通の土台として持っておく必要があると思います。

まとめ

今回は、児童精神科医の山口さんに、子どものウェルビーイングや育ちの土台、子ども時代の傷つき体験などについて伺いました。ポイントを以下にまとめます。

  • 子どものウェルビーイングとは、その子の存在そのものが心も身体も周りとの関係や社会的にもその子にとってちょうどよく満たされて心地よい状態であること、そしてそのゆらぎのプロセスのこと。
  • 子どもの育ちの土台である環境やアタッチメント、安定感や自己感が整っていて自己調整ができて落ち着いた状態になれると、自分と他者との境界をちょうどよく持つことができ社会性が培われていく。
  • 安定したアタッチメントは基本的信頼感を持って健やかに発達していくことにつながる。
  • 子どもの問題行動や不適切行動は、逆境体験を生き延びるために必要だった対処行動の延長かもしれない。
  • 子ども時代のウェルビーイングを考えるとき、私たちは子どもの逆境を減らしたりそれを見つけて癒したりするだけではなく、ポジティブな体験や関係性を保障し増やしていくことが大切である。

第2回では、研修のメイントピックである「子どもの傷つきとトラウマインフォームドケア」についてお伝えします。

※本記事の内容は専門家個人の見解であり、記載内容がすべての子ども支援団体にあてはまるとは限りません

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