一人ひとりの「はじめのいっぽ」を、地域で支える~認定NPO法人ケアットの事例~

認定NPO法人ケアット(以下、ケアット)は、神戸市東灘区において、「地域の支え合いの場」をつくることで、子どもから高齢者までの「はじめのいっぽ」をサポートする活動を行っています。その地域に根差した幅広い支援のあり方や、「はじめのいっぽ」という言葉に込められた団体が大切にしている支援のあり方から、地域づくりの一つの形が見えてくるでしょう。

今回は、ケアットの子ども・保護者支援から地域づくりのあり方について代表の岡本芳江さんにお話を伺いました。

プロフィール:岡本 芳江

兵庫県神戸市出身。2005年特定非営利活動法人ケアットを設立、同法人代表に就任。自身がひとり親家庭で育つことで感じた心の棘や、「経験」や「つながり」の貧困による子どもの育ちへの影響から、親自身が満たされ元気で過ごすことが前向きな育てに繋がることを実感する。ハイリスクな家庭で育つ子どもたちが夢を持っていきていくために、一人親家庭支援や10代・20代の生活困窮者支援等を行う。

公認心理士・精神保健福祉士・社会福祉士

トリプルPファシリテーター

これまでの歩み

—ケアットさんの活動経緯について教えてください。

ケアットの活動は、地域福祉センターなどにおけるボランティア活動が始まりでした。当時から私は福祉の仕事に関わっていたのですが、本業とは別で薬を使用しない療法を用いて、神戸市東灘区で地域の方々が集う機会を作る活動を行なっていました。私の「地域の人々の繋がりをつくりたい」という思いが、ケアットの活動の原点です。

ケアットでは現在、国の保険制度に基づいた保険事業と、自主財源による事業を展開しています。保険事業の始まりは、まだ発達障がいという言葉があまり知られていなかった2005年ごろ、発達に特性を持つ未就学児向けに、音楽療法(※1)や感覚統合療法(※2)を組み合わせた居場所支援を開始したことです。その居場所に通う子どもたちの保護者から「小学校にあがった後に、子どもの放課後の居場所がなくて困ってしまう」という声を聞きました。そこで、民間でも児童デイサービスに携わることが出来るようになった平成21年、私たちは児童デイサービス「あい・ランド」という保険事業を始めました。

※1:音楽を聞いたり演奏したりする際の生理的・心理的・社会的な効果を応用して、心身の健康の回復、向上をはかる事を目的とする健康法、代替医療あるいは補完医療

※2:子どもの学習、行動、情緒あるいは社会的発達を脳における感覚間の統合という視点で分析し、治療的介入を行う療法

現在保険事業としては、就学前の子どもを対象としたあいキッズから中高生を対象としたあいランドクラブなどの複数の児童向け施設、高齢者向けのデイサービスや訪問介護などを実施しています。そして自主財源事業として、フードパントリーやシングルマザーの相談支援、地域福祉カフェ「はじめのいっぽ」を運営するなど、幅広い活動を行っています。


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認定NPO法人ケアット

また個人的な話になりますが、NPO法人として認証を受けた後、一人暮らしをしていた私の母が孤独死をしました。阪神淡路大震災の際に家が全壊してしまったため、市が用意した住居へ引っ越したのですが、そこでは地域の横のつながりが少なく誰も母の異変に気づくことができなかったのです。母がその前に住んでいた地域は、少し姿が見えないだけでも「◯◯さん、どうしたのかしら?」と近所の人が声をかけにいくような場所でしたから、地域住民同士の繋がりの大切さをより強く感じた出来事でした。このような悲しい出来事を繰り返さないためにも、個人や家庭の孤立を防ぐことを目指して幅広く活動を行っています。

—地域の居場所から始まり、地域の繋がりをつくりたいという強い想いを持って、地域の声を拾いながら活動が広がっていったのですね。

そうですね。その後、「小学生と中学生に居場所は分けたほうが良いのではないか」などその時々のニーズに合わせて事業が増えていきました。課題やニーズが出てきたら、まず行動を起こしながら柔軟に対応できることがケアットの持ち味だと思います。

例えば、神戸市に多く住む外国人の方々が困っていると聞いたときには、外国人住民の方々に向けた食糧支援を展開しました。コロナ禍では、感染症対策として子ども食堂を実施できなくなるなど支援に制限がかかる一方で、物価上昇や失業など生活を支える必要性が非常に高まりました。そこで、繋がりのある企業から頂いた寄付や食材をもとに、フードパントリーや弁当配布を開始しました。このように、私たちスタッフの考えや地域・保護者の声をもとにスピーディに活動をつくりあげてきています。

このようなスピーディーな対応が可能なのは、ボランティアを含め非常に多くの人が活動に関わってくださっているので、資格を持っている人や英語を流暢に話せる人など、それぞれ様々なスキルを持っているからかもしれません。

地域福祉カフェ「はじめのいっぽ」

—今日は特に、自主財源事業として実施されている子どもの居場所や保護者のサポート、地域づくりなどについて伺っていきます。まずはフードパントリーなどが実施されている、地域福祉カフェ「はじめのいっぽ」の活動についてのお話を伺いたいです。

地域の交流の場になることを目的とした施設です。ケアットが2階建ての建物を借り、2階を訪問介護の事務所、1階をカフェ風にして人々が集まる場所としています。支援の場として利用しているのはケアットだけではなく、月曜日と水曜日は地域の他団体や支援センターの専門職の方々と一緒に運営しています。

内容としては地域福祉に関わる活動が行われ、ケアットは主にひとり親家庭など生活においてハイリスクな家庭の支援を行っています。具体的にはフードパントリーや相談窓口です。ケアットが主催しているもの以外では、認知症の方々やそのご家族が集う会(認知症カフェ)などがあります。かなり幅広い年齢層の方々が利用しており、地域のおじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃんがいる中で、子どもも一緒に過ごす場となっています。地域全体で子どもを育てているような形を大切にしています。

—まさに、地域の支え合いの場になっているのですね。

そうです。まさに地域の方々が支え合う中で活動自体も成り立っています。例えば、認知症カフェを運営している人が子ども食堂に来てくれたり、人同士の繋がりを介して繋がったボランティアの方々がフードパントリーの作業を手伝ってくださったりします。ケアットの福祉施設に通っていた子どもが大人になって、作業を手伝ってくれるということもあります。

このように支え合いに様々な人が関わることで、最終的には地域を越えて、支え合いの輪が広がっていってほしいとも願っています。現在の私たちの活動対象は区内という地域単位ではありますが、その代わり、外国人も子どもも、高齢者も一緒の場に集えるような場であることを大切にしています。そこで繋がりや支え合いの大切さを感じた人たちが、自分の周りにもそれを広げていってくれたら嬉しいですね。


画像:Photo AC

「はじめのいっぽ」を支える

—利用者の年齢層が幅広く、非常に包括的な居場所になっている印象を受けます。「はじめのいっぽ」という名前にはどのような思いを込めているのですか?

抱えている課題の解決に向けた人々の「はじめのいっぽ」を応援する、「はじめのいっぽ」を踏み出せる場にしたい、という思いを込めています。実は地域活動に関わるケアットのスタッフは3人しかおらず、この活動が成り立っているのは、ボランティアの方や寄付をくださる企業などによる、様々な協力があってこそです。資源は限られており、いつまでも、そして誰にでも提供できるわけではありません。持続的な活動のためにも、家庭のためにも、依存関係にならないことが重要だと考えています。

例えば、フードパントリーはハイリスクの家庭を主な対象とし、支援期間も最長2年間としています。もちろん、この限られた期間の中ですべての家庭が自分で自立を達成できるとは考えていません。家庭が自立するための「はじめのいっぽ」を踏み出せるよう、様々な側面からサポートを行うほか、専門機関に繋いだり生活保護など支援制度に繋がり手続きの手助けを行ったりしています。

—ケアットの活動内に留まらず、他の団体や制度へ繋ぐことも行っているのですね。

先ほどケアットの持ち味として、柔軟性やスピーディーさ、その背景にある多様な人たちの参加をあげましたが、とはいえ地域の中でも主婦など「ママ的」な人たちが集まった団体だと思います。そのため、食事の提供やひとり親へのサポートなどにおいてその強みを発揮することができます。一方で、例えば「子どもにさらに良い学習機会を提供してあげたいのにできない」というニーズに対して、私たちが直接提供できることは限りがあります。

そのような場合、元教師の方々が立ち上げている学習支援団体に子どもを繋ぐなど、課題に対して強みを持っている他団体・他機関と連携をするようにしています。そして、連携先の団体に大口の寄付元を紹介するなど、団体同士もサポートし合える関係性を築いています。子どももいろいろな大人に出会うことで、視野が広がることに繋がるでしょう。

家庭が元気になるために、保護者への支援は欠かせない

—ご紹介いただいた「はじめのいっぽ」では、ひとり親を対象とした相談窓口もあるなど、保護者を対象とした支援も行われていると伺いました。

そうです。子ども支援において、保護者へのサポートは非常に重要だと考えています。子どものもっとも近くにいる存在であり、強い影響力を持っています。保護者が満たされていないと、子どもがそのネガティブな影響を受けるケースもあります。逆に言えば、保護者が安定することで子どもも元気になる姿を何度も見てきました。

そこで「子どものために頑張れ!」と言う前に、まず特に困難度の高い母子家庭に寄り添うことが必要だと考え、シングルマザーを対象とした相談支援や、ペアレントトレーニングなどを行っています。保護者が自分自身や子どもと向き合うためのサポートをすると同時に、保護者が楽な気持ちになるためのサポートを行うことで、家庭全体に元気を届けられるのではないかと考えています。


画像:
イラストAC

地域がつながるうちに、一人ひとりの世界が広がる

—「地域をつなぐ」という思いが活動の原点とのことでした。今ケアットさんが行っている活動の中で、「地域をつなぐ」という観点から大切にしていることにはどのようなことがありますか?

はい、支援を通じて多様な大人に出会うことで、子どもたちの世界が広がると考えていることは先ほどお話しました。これは、地域をつなぐことでうまれる「いっぽ」としてケアットが大切にしていることです。

このことに関する印象的なエピソードとして、生活保護世帯の子どもが「将来の夢は生活保護」と話してくれたことがありました。その子は、病気などで働くことができずにずっと家にいる親しか見たことがなく、それ以外の選択肢を知らないために自身の将来像として「生活保護」を挙げたのでしょう。夢やなりたい姿を考えるためには、ロールモデルに出会う必要があります。活動を通して、子どものワクワクが広がる機会を作りたいと考えています。

そして、地域とつながる中で「もらうだけではなく、人の役に立つ」という経験が家庭の力になると考えています。例えば、私たちの公式LINEに参加している人たちの間で、制度への申請など困りごとが起きたときに情報交換が行われることがあります。参加者が自ら「その件だったら私も相談に乗れるよ」と、困っている家庭に経験を活かしたアドバイスを届けてくれています。そのような姿を見ていると、「自分も役に立てるんだ」という実感が、子どもや保護者にとって「ここは私の居場所なんだ」という安心感につながっているように思うのです。

他にも、例えば私たちの活動の一部は地域の生活協同組合からの寄付に支えられているのですが、その生活協同組合が地域の清掃活動に取り組むというお話があったときには、「いつもサポートしてもらっている感謝の気持ちを込めて参加しよう!」と呼びかけ、子どもたちと一緒に参加したことがあります。すると参加した子どもはゴミのポイ捨てをしなくなりましたし、ゴミ拾いをしながら「誰やねん、こんなところにペットボトルを捨てたのは」なんてぷりぷり怒る子どももいました。誰かの役に立つ行動をしたことで、子どもの中で、環境という観点から地域への貢献意識が芽生えたのかなと思います。


画像:イラストAC

今後の活動について

—今後の活動の展望について教えて頂けますか。

今年の4月から、神戸市の助成金を受けて「話してみーな」という10代20代の生活困窮者を対象とした相談支援サービスを開始しました。活動期間が長くなる中で、子ども食堂に来ていた子どもが20代になり、いろいろな事情によって自立した生活を送れる状態ではないにも関わらず、相談先がなくて孤立してしまっている状況があります。

これまで食糧支援などを行ってきましたが、それだけでなく「(関係性に課題のある)親から変な連絡が来た」など、その人が不安に感じる小さなことでも相談をしやすい仕組みを整える必要があると考えました。支援制度の対象として行政としっかり繋がっている人は相談先が明確ですが、そうではなく宙ぶらりんになってしまっている若者がたくさんいます。何に困っているのか分からないけど、なんだか不安という些細なこともLINEを通して相談してもらいたいと思っています。


画像:認定NPO法人ケアット(※サービスの対象は神戸市内の10代・20代の方となります。)

このような新しい活動に加え、コロナによって中止していた対面の交流を少しずつ戻していくこともしています。例えば、今フードパントリーという食料配布の形をとっていますが、月に1回ほど交流型の子ども食堂を少しずつ復活させています。

これらの活動を通して、今後も子どもから若者、保護者や高齢者まで全年齢の人たちが、孤立することなくお互いに繋がり、サポートしあえる地域づくりを進めていきたいと思っています。

まとめ

今回は、認定NPO法人ケアットの代表である岡本芳江さんに、ケアットの活動内容と地域づくりや子ども・保護者支援について伺いました。ポイントを以下にまとめます。

  • 「地域の人々のつながりをつくりたい」という思いのもと、地域の声やニーズに対応しながら活動を拡大
  • 子どもから高齢者までを支援しており、地域福祉カフェ「はじめのいっぽ」では幅広い年齢層や外国人住民を含む多様な地域の繋がりが集う
  • 一人ひとりが自立に向けた「はじめのいっぽ」を踏み出せるよう、他団体や専門機関への連携、保護者支援などを多様な支援を展開
  • 多様な人とのつながりを経験したり、自分自身が地域において「役に立つ」経験をすることで、家庭が地域に居場所を見出していく
  • ケアットは今後も、全年齢の人たちが孤立することなく繋がり、サポートしあえる地域づくりを進めていく

岡本さん、ありがとうございました!

※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません

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