一般社団法人ケアと暮らしの編集社(以下、ケアくら)は、代表理事で医師でもある守本陽一さんが、社会における人とのつながりを処方することで生きがいやウェルビーイングを生み出す「社会的処方」を目指して設立した団体です。
2016年からさまざまな事業を通して兵庫県豊岡市の地域の方々と交流し、「暮らしていたら自然と健康になるまちづくり」を進められています。そして2024年5月からは、10代の子ども・若者限定の居場所「本と映画 テルル(以下、テルル)」を開始されました。今回は守本さんに、ケアくらの活動やケアくらで子ども・若者支援をする想い、地域で事業運営をする難しさについてお伺いします。
前編では、ケアくらの活動目的やケアくらで子ども・若者支援をする想い、地域の居場所であるだいかい文庫やテルルの利用者の様子についてお話しいただきました。
プロフィール:守本陽一氏
一般社団法人ケアと暮らしの編集社 代表理事
1993年、神奈川県生まれ、兵庫県養父市出身。医師。修士(芸術)。自治医科大学在学時から医療者が屋台を引いて街中を練り歩くYATAI CAFEや地域診断といったケアとまちづくりに関する活動を兵庫県但馬地域で行う。医師として働く傍ら、2020年11月に、一般社団法人ケアと暮らしの編集社を設立。図書館型地域共生・社会的処方拠点として、商店街の空き店舗を改修し、シェア型図書館、本と暮らしのあるところだいかい文庫をオープンし、運営している。重層的支援体制整備事業、社会的処方モデル事業等の自治体支援や民間企業との連携も行う。まちづくり功労者国土交通大臣表彰、グッドデザイン賞等受賞。共著に「ケアとまちづくり、ときどきアート(中外医学社)」「社会的処方(学芸出版社)」など。
ケアくらとは
—まずは、ケアくらのご活動について教えてください。
ケアくらは、「ケアするまちをデザインする」をミッションに掲げる一般社団法人です。兵庫県豊岡市を拠点に、さまざまな医療・福祉専門職の方が集まって地域で活動しています。
活動の目的
—どのような目的で活動されているのでしょうか?
ケアくらには、「気づいたらwell-beingになっている地域社会」をつくっていこうというビジョンがあります。
この取り組みの背景には「障害の社会モデル」という考え方があります。医療で身体的に良くなることも大切な一方、暮らしていくなかで心理的・社会的に健康でwell-beingになれるような地域社会はどのようなものだろうかと考え、そうした地域社会を実現するためのさまざまな取り組みをおこなっています。
「障害の社会モデル」とは
「障害の社会モデル」とは、「障害者が直面する困り事は社会や環境に起因するもの*」という考え方のことです。
*日本財団ジャーナル『「障害の社会モデル」という考え方が“無意識の差別”に気付かせ、より良い社会へと導く』本文より引用
「障害の社会モデル」の対義語として「障害の個人モデル」があり、それぞれ次のような考え方を表しています。
障害の個人モデル |
障害の社会モデル |
|
考え方 |
障害や困難の原因は個人にある |
障害や困難の原因は社会や環境にある |
具体例 |
階段しかない建物で車いすの人が上階に行けないのは、その人が車いすに乗っているからだ |
階段しかない建物で車いすの人が上階に行けないのは、建物の作り手がエレベーターやスロープをつけていないからだ |
参照元:日本財団ジャーナル『「障害の社会モデル」という考え方が“無意識の差別”に気付かせ、より良い社会へと導く』
代表理事 守本さんの想い
—守本さんは医師として働きながらケアくらの活動もされていますが、この活動にはどのような想いを持っていらっしゃるのでしょうか?
ケアくらでは、本人の変化はもちろん、地域などの環境の変化も大切だという考え方でさまざまな取り組みをおこなっています。
そして、環境を変える取り組みの一つとして、地域の幅広い年代の方々が共生する場である「だいかい文庫」や、これまで「支えられる側」とされてきた人たちが主役になる「市民大学」といった新しい場をつくっています。
私たちが上から目線で地域社会やつながりをつくっていくのではなく、専門職の人もそうでない人も横並びになって、ケアをする側とされる側という関係性を変化させたり、超えていったりするような場を一緒につくっていきたいと思っています。
またこうした場を通して、障害や病気をもつ人たちがケアをされる側としてだけ認識されるのではなく、尊厳が守られ、その人がやりたいこと・表現などポジティブな部分が後押しされ、伸ばしていけるような環境を整えたいとも考えています。
一個人を今ある社会に適応させることではなく、新しい場を作ることによってその人が自然と地域に溶け込んでいったり、主体的に地域に参加していったりできる場が作れたらという想いで、地域参加の入り口になるようなさまざまな仕掛けをつくっています。
ケアくらで子ども・若者支援をする想い
—ケアくらの子ども・若者支援に関わる事業について教えてください。
子ども・若者に関わる事業としては、子どもから大人まで幅広い年代を対象とした「だいかい文庫」と、10代の子ども・若者向けの居場所として「本と映画 テルル」という事業をおこなっています。
だいかい文庫
だいかい文庫は、図書館兼本屋さんでコーヒーも飲めるという地域共生拠点です。
スタッフや地域の方がお店番をしていて、自由に本を読んだりお茶を飲んだりしながらゆったりと過ごすことができます。開館時間が長いため、学校に通う10代の子どもや若者が放課後にふらっと訪れることも多いです。
毎週おこなう相談所では、利用者と地域や社会資源をつなぐ医療福祉専門のリンクワーカーを配置して、そこから適切な地域の団体に繋いだり、医療機関に繋いだりといった取り組みもしています。
画像:ケアくら提供
ーだいかい文庫にはどのような大人が集まるのでしょうか?
何かしらの困難を抱えている人をはじめ、さまざまな地域の方が訪れる場になっていると思います。なかには精神疾患を抱える方、失業中の方、学校に行きづらさを感じている大学生などもいます。誰かと話したい人は話すし、静かに過ごしたい人は1人で過ごしています。
本と映画 テルル
本と映画 テルルは、私設図書館(だいかい文庫)と映画館(豊岡劇場)で読書や映画鑑賞をしながら、10代の子ども・若者が自由に過ごせる居場所のことです。
だいかい文庫では毎週月曜、豊岡劇場では隔週木曜に実施しており、普段から何気なく使える居心地の良い空間として、開始から5ヶ月で60名ほどの10代に利用されています。
豊岡劇場では、毎回映画館スタッフが選んだ10代におすすめの映画を上映します。映画を観るのはもちろんですが、映画を観ずに館内で自由に過ごすことも可能です。
また、テルルに参加することで学校の出席扱いにもなるため、学校に行きづらい子どもたちの居場所としても活用されています。
取り組みを通して、10代の可能性や選択肢を広げたい
—新しい取り組みであるテルルは10代の子ども・若者向け事業ということですが、どのような想いで始められたのでしょうか?
ケアくらは、児童相談所や行政のように困難のある子どもを直接支援するのではなく、その子どもたちの周りに選択肢や可能性を示せるような存在でありたいと思っています。
そうした意味で映画や本は自分の世界を広げてくれるものですし、映画館という場は子どもたちが参加しやすい一つの入り口になると考えています。
私自身、ケアくらの活動拠点である兵庫県豊岡市で育ってきていますが、このような地方都市では「世界にはいろいろなものがあるんだよ」ということを知る機会がなかなかない状況があります。
そのため、テルルで出会う映画や本、周りの大人が、子どもたちにとって、いろんな可能性・選択肢があるということを知るための入り口になればと思っています。
ー子どもの可能性、選択肢を広げたいと思うようになったきっかけはありますか?
豊岡市という地域で生きる中で「自分はこう生きなきゃいけない」と思い込んでいた子どもが、さまざまな人と出会いを通して「こういう生き方もあるんだな」と選択肢が広がり、気持ちが楽になったという事例を実際に見てきたのが大きいかなと思います。
以前、だいかい文庫に本屋さんとして遊びにきてくれた大学生がいたんですが、その人は中学・高校は不登校で、大学も辞めてしまったという状況でした。しかし、だいかい文庫で地域の大人や移住者などいろいろな人と話す中で、自分の可能性やこれまでの考えとは違った生き方があることを知り、選択肢が広がった姿が見られました。
こうした関わりを通して回復していった人たちを見ているので、10代の子ども・若者が来やすい居場所をもっとつくっていきたいと思っています。そして、子どもたち同士が関わる場だけでなく、子ども・若者がいろいろな大人と出会っていく場も大きな可能性を持っていると感じているので、今後そのような場も広げていけたらと考えています。
ーテルルを始めてから、だいかい文庫に訪れる子ども・若者の様子に変化などはありましたか。
10代限定入館日のテルルを通して、同年代の子ども・若者との出会いや交流が生まれていますね。たまたま同じ時間にいた学生とスタッフで一緒にお菓子を食べたり、おしゃべりしたりして、全体的に楽しく温かい時間が流れているなと思います。最近では毎週のようにテルルの日に遊びにきてくれる子も出てきました。
訪れる子の中には、「いつも他の人にもらうから」と言って周りの人の分までお菓子を買ってきてくれる子もいます。初めて会った人にも気兼ねなくお菓子を分けてくれて、テルルやだいかい文庫が暖かい雰囲気の場所になっていることを感じられます。
まとめ
今回は、ケアくら代表理事の守本さんに、ケアくらの活動目的やケアくらで子ども・若者支援をする想い、だいかい文庫やテルル利用者の様子について伺いました。ポイントを以下にまとめます。
- ケアくらは、「気づいたらwell-beingになっている地域社会」をつくっていこうというビジョンを掲げ活動している。
- ケアくらは、誰かが上から目線で地域社会やつながりをつくっていくのではなく、専門職の人もそうでない人も横並びになって、ケアをする側とされる側という関係性を変化させたり、超えていったりするような場を一緒につくっていきたいと考えている。
- ケアくらは、児童相談所や行政のように困難のある子どもを直接支援するのではなく、その子どもたちの周りに選択肢や可能性を示せるような存在でありたいと思っている。
後編では、ケアくらに関わるスタッフの特徴や事業運営面の現状と難しさ、今後の展望についてお話しいただきます。
※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません
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