「ゴールドマン・サックス 地域協働型子ども包括支援基金」の第一期助成プログラム終了に伴い、2024年4月25日に成果報告会が開催されました。約3年に亘ってサポートを受けたNPO法人ダイバーシティ工房から佐藤佑紀氏と、認定NPO法人STORIAから佐々木綾子氏が登壇し、助成期間での学びや成果について語っていただきました。
イベントレポート前編では、各団体の活動成果や今後の展望についてお伝えします。
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プロフィール:佐藤 佑紀(さとう ゆうき)氏
宮城県仙台市生まれ。「校内に居場所のない子の拠り所になりたい」という思いで、2014年から2019年まで宮城県の公立中学校の社会科教員として勤務。校内で多種多様な特性・課題を抱えた子どもと家庭に出会う中で、集団教育に重きが置かれる学校教育体制の限界を感じ、2020年よりNPO法人ダイバーシティ工房に入職。放課後等デイサービスの指導員、無料LINE相談「むすびめ」運営責任者等を経て、現在はアウトリーチ事業部マネージャーとして事業の管理・運営を担当。
プロフィール:佐々木 綾子(ささき あやこ)氏
認定NPO法人STORIA代表理事。東日本大震災後、「子どもの貧困」の根本解決を目指し、2016年にNPO法人STORIAを設立。「困難の連鎖から愛情が循環する未来へ」をビジョンに掲げ、経済・精神的に困難の中にいる親御さんと子どもたちが自分らしく生きられ、幸せになること(ウェルビーイング)を心から願い、困難を抱えた子どものサードプレイス事業と保護者の相談支援事業を地域や行政、企業と協働で取り組んでいる。グロービス経営大学院、第19回「グロービス アルムナイ・アワード」の2023年度の「ソーシャル部門」受賞。
プロフィール:李 炯植(り ひょんしぎ)氏
2014年に認定NPO法人Learning for All を設立、同法人代表理事に就任。これまでにのべ9,500人以上の困難を抱えた子どもへ無償の学習支援や居場所支援を行っている。全国子どもの貧困・教育支援団体協議会副代表理事。2018年「Forbes JAPAN 30 under 30」に選出。
ゴールドマン・サックス 地域協働型子ども包括支援基金とは?〜認定NPO法人Learning for All 李さんより〜
李:2021年5月、ゴールドマン・サックスからの資金支援をもとに、公益財団法人パブリックリソース財団、認定NPO法人Learning for All が協働し「ゴールドマン・サックス 地域協働型子ども包括支援基金」を創設しました。昨今、子どもを取り巻く問題が複雑化し、行政や民間など全ての大人が立場を超えて連携することが非常に重要だと考えたことが背景にあります。
本基金では全国の困難を抱えた子どもに早期から切れ目ない支援を届けるために、地域に根差した活動を続けている団体への助成金の提供や、組織基盤強化を目的とした勉強会や集合研修の伴走支援を実施しました。
画像:第1回 長期助成 募集要項(LFA作成)
子どもたちへの切れ目のない支援実現のための地域基盤強化事業〜NPO法人ダイバーシティ工房 佐藤さんのご報告〜
NPO法人ダイバーシティ工房とは
佐藤:NPO法人ダイバーシティ工房は、「全ての家庭が安心して暮らせる社会」をビジョンに掲げ、千葉県市川市を中心に活動している団体です。
個人経営の学習塾からスタートしましたが、活動を通じて出会ったさまざまな背景を抱えた子どもや若者をサポートしたいと思い、2012年にNPO法人化しました。子どもや家庭が制度の狭間に落ちないようなアプローチを大切にし、発達障害や不登校の子どもを対象とした放課後等デイサービス、保育園、自立援助ホームなどの運営を行っています。
地域のハブになることを目指して
助成が開始された当初は、地域の中で子ども支援を行う団体同士の横の繋がりが不十分でした。どこかの団体でサポートできていても、繋げる先がわからなかったり、情報の共有が進まなかったりする場合が多かったです。また、学校の先生やケースワーカーは熱心に活動されているものの、かなり忙しそうで、他機関と連携をお願いするにはハードルを感じていました。
そのため、まずは当団体が地域のハブとなることを目指しました。そして「学校やケースワーカーと情報を共有して気になる子どもや家庭に迅速に対応できること」、「子どもたちの支援に関する情報やノウハウを共有できること」、「地域連携を推進する人材の育成や、人材確保のための資金調達など組織基盤を強化すること」の3点を目標に掲げ、活動に取り組むことにしました。
ネットワークづくりに奔走した3年間
まず、関係機関にインタビューを行い、皆さんが感じている問題を調査しました。すると、「支援の途切れ」「人材不足」「他機関との連携の手薄さ」など、私たちと同様の難しさを感じていることが明らかになったのです。
そこで、市川市にある子どもに関連する機関をイラストでわかりやすく示した「こども支援マップ」を作成しました。教育委員会にお願いし、小中学校を通じた配布も行ったところ、市内の130以上の拠点に合計6500枚以上を配ることができました。保護者の方から「なぜもっと早く作らなかったのですか」と問い合わせをもらったり、配布初日にある中学校の校長先生から「うちの学校にも置かせてくれないか」と電話が来たり、肯定的な評価を頂いています。
次に、支援者同士の顔が見える関係の構築にも注力しました。なぜなら、子どもを別機関に繋げる際に、活動している方の理念や人となりを知っている方が安心して紹介できると感じたからです。
そのため、マップの配布などを通じて関わった方々と一堂に会し、互いの活動の理解を深める機会を作りました。結果として、3年間で参加者が3倍に増えたり、イベントで出会った面識のない先生同士がシンポジウムを開催したりするなど、手応えを感じています。一方、参加者から「この場に当事者である子どもがいるとより良いのでは?」とハッとさせられる意見を頂いたことも大きな学びでした。
さらに、地域へのアウトリーチ活動も展開し始めました。例えば、最初に行った課題調査でお聞きした話から、中学校に出張して放課後に学習支援を始め、現在2校で活動しています。学習支援を専門とするスタッフが学校に参画することで学習意欲の低い子どももサポートしやすくなり、また当団体の別事業にも繋げることで地域で見守る体制を作ることができました。
最後に、いろいろな事業の基礎となる組織基盤の強化にも努めました。
外部や地域の理解者を増やすこと、寄付者との関係を築くこと、資金調達の体制を構築すること、スタッフの育成など、幅広く取り組んでいます。正直、トライアンドエラーの繰り返しで成果が出ないこともありましたが、今まで時間を確保するのが難しかった分野なので、腰を据えて活動できたことを嬉しく思っています。
未来を見据えて
まず、引き続き包括支援は継続していきたいと感じます。同時に、活動を広げていく中で私たちスタッフだけでは難しさを感じる場面もありました。そのため、これからは私たちが動くだけでなく、地域の中で活動できる人を増やしたいと思っています。また寄付金は3年間で増加しましたが、目標額には届かなかったので、今後より発展させたいです。
支援を必要とする子どもと保護者のための地域包摂事業〜認定NPO法人STORIA 佐々木さんのご報告〜
認定NPO法人STORIAとは
佐々木:認定NPO法人STORIAは宮城県仙台市を中心に、子どもの居場所や体験活動の支援、保護者の相談支援や就労・食糧サポートを実施しています。
東日本大震災の後、子どもの貧困が東北でも浮き彫りになったことを受けて「愛情が循環する未来へ」というビジョンのもと、2016年に設立しました。2023年度はアウトリーチ事業・サードプレイス事業・ひとり親家庭の就労支援事業などを実施し、延べ7262件の相談と2957世帯へのアウトリーチを行いました。
ビジョンの達成を目標に
助成が始まるときに、ビジョンを遂行するために解決すべき課題を考えました。まず、地域社会においては困難を抱えている保護者や子どもへの理解が不足していました。これにより、困難を発見する人や関係機関に繋げて見守る人が圧倒的に不足しています。加えて、困難を抱えている親御さんや子ども達は孤独を抱え、生まれ育った環境などから生きる希望を失っていて援助を求める力が低い場合もあります。
従って、短期の目標は「地域に家庭を支える主体者がいること」、長期の目標は「子どもと保護者を早期発見し、見守り支える地域であること」と設定し、ロジックモデル(注1)を作成しました。
注1:ロジックモデルとは、「ある施策がその目的を達成するに至るまでの論理的な因果関係を明示したもの」(出典:文部科学省)。
画像:本事業のロジックモデルを簡易的にした表
アウトリーチや連携強化に奮闘した3年間
切れ目のない支援を実現するためには、①アウトリーチにより繋がる ②相談支援によって家庭を見守り、支える ③他の事業との連携によって支え続けるという、3つのステップが重要です。今回は長期助成を使って、居場所づくり事業を展開しながら地域の協働体制の強化にも取り組みました。
まず始めに、児童養護施設から家庭復帰した子どもや親御さんが養育に苦慮している子どもの居場所を作ることを目指し、新たな来所型サードプレイスを設立しました。サードプレイスでは、子どもが生きる力を育むことをサポートするとともに、保護者の悩みや願いを聞いたり、就労・食糧支援を行うことで、子どもと保護者双方に働きかけることを心がけています。また、一緒に料理をしたり誕生日を祝ったりすることもあります。
1-2年目は苦しんでいる家庭の早期発見と他機関との連携強化を目指し、アウトリーチを重ねました。その結果、児童相談所や自治体担当課からのリファー(注2)により繋がる家庭が増加し、要保護児童対策地域協議会(注3)・地域虐待ネットワークの参加によって児童相談所や自治体、学校や学童とより緊密に連携できるようになりました。
2-3年目は困難を抱える家庭の理解を地域社会が深めるため支援強化に取り組みました。まず、学童職員や学校教員、民生委員を対象とした講演や勉強会に登壇。そして、学生・社会人・一般市民を対象とした勉強会も月に1回のペースで実施し、より多くの方に苦しみを抱える家庭の現状を認識いただけるように努めました。
さらに、子どもの非認知能力や自己肯定感を育むことにも尽力しています。なぜなら、非認知能力を高めることで子どものウェルビーイングが高まり、認知能力も向上することがグローバルな研究結果でも知られているからです。下のグラフで見られるように、約1年間で子どもたちの「生きる力」はかなり高まりました。その背景として、ありのままの自分や失敗を受け止めてくれる大人の存在や子どもたち同士の優しさ溢れるフィードバック、実際に体験した後に自身を振り返る習慣があったからではないかと考えています。
(注2)リファーとは、援助の諸分野において、異なる専門職の間で連携・協力する行為のひとつを指す概念で、他の適切な専門家に相談者を紹介すること。
(注3)要保護児童対策地域協議会とは、要保護児童の適切な保護、支援等を行うため、子どもに関係する機関等により構成される機関のこと。
新たな取り組みを始めたからこそ、見えてきた課題
しかし、事業を継続する中で来所型では繋がることのできない子どもや保護者もいることに気づきました。そこで訪問居場所も始め、拠点に来れない家庭にも、直接家庭を訪れることで家庭内に居場所を作ることに取り組んでいます。
優しさ中心の組織へ
3年間の成果の要因として、組織基盤の強化が挙げられます。
1つめに、財務強化としてクラウドファンディングを行いました。ファンドレイジングチームを新たに構築し、40人ほどのプロボノが中心となって実施した事業です。スタッフ、プロボノ、伴走支援者などで役割分担をしながら取り組んだ結果、当初の目標を大きく上回る600万円以上の資金を獲得することができました。もちろんお金を集めることは大事ですが、金額はあくまでも結果であり、私たちはその過程で「『愛情が循環する世界』をともに広げる仲間を増やしたかった」ということに気付かされました。今もその学びを軸に、事業を継続しています。
2つめとして、人の幸せを大切にする組織開発を念頭に置き、各個人と組織の成熟を目指すことです。スタッフやプロボノなど当団体に集まる方々の大切な想いや願い、各個人の人生の目的を対話で共有し、互いに大切にすることでチームワークの強化を図っていきます。
最高の締めくくり
3年間の集大成として、本事業が「令和6年度 仙台市子どものためのサードプレイス事業」に策定されました。行政にも評価いただいて活動を展開できることを、心から嬉しく思います。
事業が成功した要因としては、第1に組織と個人のあり方を大切にした文化づくりを絶え間なく行ったことが考えられます。そのおかげでチームワークが強まり、また発想力や想像力が溢れた仲間が集まりました。加えて、本質を哲学し続けることも重要です。私たちが向き合っている課題には明確な答えはなく、常に最善を模索し続けることが大切だと思います。私たちも全てを知っているわけではないので、子どもや保護者、地域の皆さまの声に耳を傾け、本質的なあり方を考えることが良い事業に繋がると感じています。
後編では、イベントで実施されたパネルディスカッションの様子をお届けします。
※本記事の内容は団体の一事例であり、記載内容が全ての子ども支援団体にあてはまるとは限りません。
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